たぬきのためふんば

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ifの世界を見せる面白さ 『素晴らしき哉、人生!』

アメリカ映画ベスト100制覇への道:その17 素晴らしき哉、人生!

 『素晴らしき哉、人生!』は、天使が、夢を諦めて親の会社を継いだものの倒産の危機に直面したため自殺を図る男に、彼のいない世界を見せることで思いとどまらせる話。

 監督はフランク・キャプラで、主演はジェームズ・スチュワート。『スミス都へ行く』のコンビだ。

ifの世界を見せる

 『素晴らしき哉、人生!』では、天使が登場して、主人公ジョージ・ベイリーに「もしジョージがいなかったら世界がどうなっていたか」を見せる。ジョージはそこで彼にとって大事な人々が不幸な人生を送っているのを目の当たりにする。大学進学を断念し、世界で大事業を手掛ける夢を諦め、貧相なうだつの上がらない人生だと思って生きてきた。しかし、自分が今まで何気なくやってきたことは、誰かの人生を救っていたのだ。それに気付いた時、もはやジョージにとって会社の倒産や投獄されることなどはちっぽけなことだった。自分が貢献できたこの世界は、なんて素晴らしいのか。まさに「素晴らしき哉、人生!」である。

 この映画を観ると、自分の人生まで肯定されたように思える。もしかしたら、自分も世界に貢献できているかもしれないという気分になるのだ。(ネガティブな人は「でも自分はジョージほど立派なことしてないし……。悪役のポッターが体験をしたらどうなるだろう?」と思うかもしれない。)この映画はアメリカではクリスマスの定番らしいのだが、裏返すと、いかに多くの人々が「自分なんて無価値な存在だ……」と思いがちなのかを示している。

 ともかく、「ifの世界を見せる」という手法が『素晴らしき哉、人生!』の大きな魅力となっている。

素晴らしき哉、人生!』を発展させたループもの

 上述のとおり、『素晴らしき哉、人生!』ではifの世界を見せられたジョージが自分の人生を肯定できたことで大団円を迎える。ということは、せっかくの魅力である「ifの世界を見せる」という技を一回しか使わないということだ。しかも、終盤にようやくだ。もちろん、その分だけカタルシスが大きいわけだが、これは弱点と捉えることもできる。

 そこで登場するのがループものである。ループものでは「ifの世界を見せる」を初っ端から繰り返し使っていく。『サマータイムレンダ』、『東京卍リベンジャーズ』、『Re:ゼロから始める異世界生活』、『魔法少女まどかマギカ』、『僕だけがいない街』、『シュタインズ・ゲート』、『ひぐらしのなく頃に』、『時をかける少女』……ループものに話題作は多い。『素晴らしき哉、人生!』の面白い部分を凝縮させていると考えれば、それも当然だろう。

 この系統で最も人気の高い作品といえば、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズだろう。『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』には『素晴らしき哉、人生!』の影響がはっきりと見て取れる。というか、『素晴らしき哉、人生!』を見た人の多くは『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』を思い出すだろう。

失われてしまった人生の肯定

 ループものにも弱点はある。

 『素晴らしき哉、人生!』では、「ifじゃない世界」を肯定するために「ifの世界」を見せていた。夢物語ではなく、現実を肯定してくれるのが『素晴らしき哉、人生!』の醍醐味だったはずだ。

 ところが、ループものはその真逆を行く。現実を何度も否定した先にある夢物語を提示するのがループものであって、観客が生きている現実を肯定などはしてくれないのである。それどころか、ループものでは否定するに値する悲惨な現実を描いていくことになる。

 もちろん、「間違った選択ばかりしてきた主人公が正しい選択をできるようになる」という成長譚にもできるので、ループものが必ずしもネガティブであるとは限らない。

 ただ、『素晴らしき哉、人生!』と同じテーマを同じテイストで描けるかというと、それは難しいのではなかろうか。(例外として、『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』や『エンドレスエイト』のようにループする世界自体を悪夢として描いて現実を肯定するものもある。)

別の形で発展した(わけではない)異世界転生

 ifの世界を見せるのはループものに限らない。今、一部の界隈で熱い盛り上がりを見せている異世界転生ものもやはりifの世界を見せるジャンルだ。

 『素晴らしき哉、人生!』では主人公にifの世界を見せてくれる可愛らしい天使ちゃんが登場する。名前をクラレンスというが、ループものではこういう存在はあまりいない(『東大リベンジャーズ』くらいではなかろうか)。クラレンス的な存在が出てくるのは、異世界ものの方が多い気がする。『この素晴らしい世界に祝福を!』とか。それしか思い浮かばないけど。(それにしても、『この素晴らしい世界に祝福を!』と『素晴らしき哉、人生!』のタイトルの類似性はただの偶然によるものだろうか!?)

 異世界ものでは、主人公が死んだり死にかけたりして転生することが多いが、これも『素晴らしき哉、人生!』と同じフォーマットだ。

 もしかしたら異世界転生もののルーツも『素晴らしき哉、人生!』にあるかもしれない。……と書こうと思ったが、『オズの魔法使い』があった(し、『不思議の国のアリス』もあるし、異世界転生ものの歴史はけっこう古そうだ)。

 というわけで、ループものと異世界転生ものは、意外と隣接するジャンルかもしれないぐらいに留めておこう。