アメリカ映画ベスト100制覇への道:その18 アフリカの女王
アフリカで布教をしているイギリス人宣教師のローズはドイツ軍に村を焼き討ちにされる。ローズは郵便配達員チャーリーが乗る船、アフリカの女王号を使って、ドイツの軍艦ルイーゼ号を撃沈することを思いつく。
『アフリカの女王』は1952年の映画。監督は『マルタの鷹』のジョン・ヒューストン。主演はキャサリン・ヘップバーンとハンフリー・ボガート。ハンフリー・ボガートはこの作品で初めてアカデミー主演男優賞を受賞した。
『アフリカの女王』の主要成分は以下の三つだ。
乗り物映画
上で述べたとおり、「アフリカの女王」は船の名前だ。乗り物の名前がタイトルになっていて、その乗り物に乗って強大な敵に単独で殴り込みに行く……そんな映画を我々はすでに知っている。『キートンの大列車追跡』だ。『キートンの大列車追跡』の原題は"THE GENERAL"で、これはキートン扮するジョニー・グレイの愛車の名前だ。
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乗り物に乗る映画といえばロードムービーがまず思いつくが、『キートンの大列車追跡』は旅をするわけではないからロードムービーとは少し趣が異なる。なんと呼べばいいのかわからないので、ここでは乗り物映画と呼ぶことにする。
乗り物映画の多くに共通すると思われるのは、画面に動きが出ることだ。静止していたら退屈になりかねないシーンでも、乗り物に乗っているだけでなんだか飽きない画になる。*1
乗り物にはそれぞれ特性がある。鉄道ならば、高速移動が可能、走行中は密室と化す、整備された線路上しか走れない、大量の積載物を搭載可能、縦長の空間といった特徴がある。『鬼滅の刃 無限列車編』でもこのうちのいくつかがストーリー展開の基礎となっている。そう、日本で一番売れた映画も乗り物映画なのだ。
船の場合はどうかというと、離岸している間はほぼ密室であること、そして自然条件の影響を大きく受けることがポイントだ。『アフリカの女王』はアフリカを舞台に選んだおかげで、自然との関わりがかなり大きくなっている。危険で雄大なアフリカの景色はこの映画の最大の魅力だし、物語の根幹であると言っても過言ではない。そして、乗るのが一組の男女というところも、船の魅力を最大限に活かす設定といえよう。
余談だが、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』も乗り物小説と言えそうだ。宇宙船の特性は、外が絶対的な死の世界であること、資源が限られていること、時間が重大な意味を持つこと、ではないだろうか。
ラブコメ
主演がキャサリン・ヘップバーンだけあって、『赤ちゃん教育』に近い空気感がある。『赤ちゃん教育』はクレイジーなヒロインに優柔不断な主人公が振り回されて、なんだかんだ二人は良い感じになる映画だった。
『アフリカの女王』でキャサリン・ヘップバーンが演じるローズも、わりとクレイジーな人物だ。郵便のための船で軍艦を撃沈しようと思うこと自体が少しアレだが、しかもそれに他人を巻き込むことに躊躇がない。加えて、船が激流に呑まれても「スリル満点だぜ~!」と喜んでいる始末。
対するハンフリー・ボガートは、少し臆病(というか真人間)で、酒の力がないとローズに頭が上がらない(その酒はすぐに捨てられてしまう)情けない男を演じている。というと少し貶めすぎか。いずれにせよ『マルタの鷹』のサム・スペードとは全く異なる人物像であることは間違いない。
この二人がアフリカの女王号という密室で数日間共に過ごすのだ。いざこざが起こらないわけがないし、ラブラブにならないわけもない。『アフリカの女王』はラブコメなのである。
最初は険悪だった二人は、命の危機を乗り越えてバカップルへと変貌する。最終的には敵に処刑される前に「結婚式をさせてくれ!」とのたまう始末。(驚くべきことに、この映画には不倫要素はない!)
ダビデとゴリアテの戦い
『アフリカの女王』の最後のおもしろポイントは、弱いものが圧倒的に強いものに挑むことだろう。こういうストーリーの典型の一つが、旧約聖書にある。ダビデが巨人ゴリアテを倒す話だ。英語でDavid and Goliathといえば、小さき者が大きな者を倒すたとえとして用いられるそうな。
ここでも船が有効に使われている。二人の民間人VSドイツ軍という対比よりも、郵便船VS軍艦という対比の方が分かりやすくてインパクトがある。なんせサイズも素材もぜんぜん違う。(ちなみに、劉慈欣の『球状閃電』でも、似たようなシーンが登場する。)車なら軽自動車VS戦車、飛行機ならハングライダーVSジャンボジェットくらいが限界か。最大級のものがめちゃくちゃでかいのも船の特性かもしれない。
『アフリカの女王』ではこの戦いには一度負けて、二人はドイツ軍に捕らえられる。なんだかちょっともたつく感じもあるのだが、これによって撃沈の意味が変わってくるのはわりと大事なポイントかもしれない。
ローズがドイツの船を撃沈しようとしていたのは、村を焼き討ちにされたショックで兄が死んだことに対する復讐だった。復讐と言えば聞こえはいいが、見ようによっては八つ当たりでしかない。アメリカの映画で敗戦国ドイツを悪役にしているのもなんだか意地悪な感じがする。この状態でローズの作戦が成功すると、倫理的にいかがなものかという感想がよぎる観客も多いかもしれない。
そこで脚本家は一計を案じた(?)。作戦を失敗させるのだ。そして二人はドイツ軍に捕らえられる。状況は一変した。二人が生き残るには船が沈むしかない。ここでローズが宣教師(の妹)だという設定が生きてくる。アフリカで生まれた変なバカップルの命を救うために、神様は小粋な奇跡を起こしてくれるのだ。だいぶポリティカルにコレクトになった気がする。
というわけで、『アフリカの女王』は船という乗り物の特性を最大限に活かして作られた映画だった。