たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

弟子が師匠を越える……だけじゃない! 『イヴの総て』

アメリカ映画ベスト100制覇への道:その16 イヴの総て

 『イヴの総て』は、ブロードウェイの大女優マーゴの大ファンであるイヴがマーゴの代役に抜擢されてのし上がっていく様子を描いた映画だ。

 1950年公開。『サンセット大通り』と争い、アカデミー賞では6部門受賞した。監督はジョセフ・L・マンキーウィッツ。マーゴをベティ・デイヴィス、イヴをアン・バクスターが演じた。無名時代のマリリン・モンローも出演している。

良いタイトル

 物語は、演劇界最高の賞であるサラ・シドンズ賞の授賞式から始まる。この賞を受賞したのが、アメリカ演劇界に現れた新星イヴ・ハリントン。純真な顔をした若く美しい彼女が、わずか数ヶ月で栄光に輝くまでの物語が『イヴの総て』である。

 この時点では、イヴがどんな人物かは分からない。しかし、観客は予感しているはずだ。このイヴ・ハリントンはとてつもない悪女であるに違いないと。

 その理由はタイトルにある。『イヴの総て』(All about Eve)というからには、イヴの表面ではなく、裏側も見せてくれるのだろうと観客は思う。そして、最初に見えた表は清らかな新人女優としてのイヴだった。であれば、これから見せられるのは、「清らかな新人女優」ではないイヴに違いないと観客は思うし、実際にそうなる。

 物語において予言は非常に重要な役割を果たすのだが、イヴの総て』はタイトルが予言の役割を果たしている。(冒頭で物語の終盤を見せるのも予言の効果がある。)

余談:サンセット大通りについて

 これは前回書き忘れたのでここで書くのだが、『サンセット大通り』はハリウッドにおける主要な大通りの一つ(Wikipediaと地図を見た感じだとそう)。原宿で言うと竹下通り、渋谷で言うとセンター街とかそんな感じのイメージではなかろうか。なので、「サンセット大通り」は「ハリウッド」にかなり近い意味を持たせたタイトルだと思われる。見る人が見れば『サンセット大通り』はタイトルを見ただけで映画業界の話だなと分かるようになっているのだ。小さな物に焦点を当てることでより大きな物を表現するのは、レトリックであるだけでなく、一つの通りにクローズアップすることでそこで生活している人の姿を想起させる効果もある。すごい。良いタイトルとはこういうのだ。

 さりげなく表現するとシャレオツポイントが高くなる。『イヴの総て』も『性悪女イヴ』とかだったら「ダサっ!つまんなそっ!」ってなるし、『サンセット大通り』も『ハリウッド』だと「いや映画業界の話なんてワイドショーでいつも見てますがな!」ってなる。さりげなさが大事だ。

弟子が師匠を乗り越える話

 『イヴの総て』は悪女を描いた物語だが、はっきり言ってイヴはそこまでの悪女ではない。『深夜の告白』のヒロインみたいに人を殺したりしないし、『サンセット大通り』のノーマ・デズモンドほど狂っているわけでもない。イヴはマーゴを出し抜こうとしているくらいなもんで、演劇界に認められたのはあくまで彼女の実力である。

 要するに、イヴの総て』の根幹は、「悪女がどうのこうの」ではなく、「弟子が師匠を越える」という部分にある。師弟関係と敵対関係が重なり合っているところにドラマが生まれるし、老いたものが若きものに滅ぼされる儚さが描かれている。沙羅双樹の花の色のごとく、『イヴの総て』は盛者必衰の理をあらはしているのである。

二重の皮肉

 盛者必衰の理をあらはす映画といえば、やはり『サンセット大通り』や『市民ケーン』のように強者の哀れな末路を描くことが多い。あるいは『バビロン』のように、物悲しさの中に美しい何かを見出すようなパターンもあるが、悲劇として描かれる点は変わらない。

 ところが、『イヴの総て』はそうなってはいない。マーゴはイヴのせいで自分のキャリアの終焉を意識してヒステリーを起こすのであるが、結局は彼女なりの幸せを見つけて清々しく引退する。

 これによってイヴの裏工作はすべて無意味に終わってしまう。それだけでなく、彼女がつき続けてきた嘘は暴かれてしまい、華やかな授賞式でイヴが感じていたのは苦々しい思いばかりだったのだ。

 つまり、イヴの総て』は盛者必衰を描きながら、「いやでも売れっ子女優が幸せで没落した女優が不幸せなんて誰が決めたん?」と問うているのだ。

 イヴが悪女なのはそれを描くためであって、「悪女だと面白いから」だけではない。『エースをねらえ!』のことを考えれば、弟子が師匠を越える話をまっすぐに描いても十分に面白くなることが分かる。それは「弟子が師匠を越える」にすでに皮肉が効いているからだ。『イヴの総て』はさらにもう一つ皮肉を付け加えた。ここに『イヴの総て』の面白さがある。

イヴの総て(字幕版)

イヴの総て(字幕版)

  • ベテイー・デイヴス
Amazon