たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

理系分野の勉強をしたくなる『プロジェクト・ヘイル・メアリー』

 『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を読んだ。

 『プロジェクト・ヘイル・メアリー』については、ネタバレをしないで感想を書くのが習わしのようなので、それに従って中身にはあまり触れずに感想を述べたい(個人的にはネタバレをしてもいいと思うが、ネタバレをしたとしても、作中の激アツポイントについてロッキーのごとく「エイドリアーン!」と叫ぶくらいしかできないだろうからネタバレ抜きで支障はない)。

 

 

 『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は2021年の年末に発売されたSF小説である。著者は『火星の人』(映画版のタイトルは『オデッセイ』)で有名なアンディ・ウィアー。

 私は『火星の人』は未読だが、『オデッセイ』は見た。まるで無人島でサバイバルをするかのように火星で暮らす主人公の様子に知的好奇心を刺激される面白い映画だった。

 本作もノリは近い。SFだし、主人公は火星以上に限定的な空間で孤独生活を余儀なくされる。それでも、主人公はめげる素振りすら見せず、直面する様々な問題を科学の知識と知恵によって解決していく。

 その様子には、作者の科学に対する愛を感じるし、読者もそれに感化されるに違いない。私は感化された。感化されたので、さっそく高校物理の問題集を購入した。私は文系で、物理や化学に苦手意識を持って地学を履修していた。たぶん理系分野の基礎的な知識が欠落しているから、その穴埋めをする必要がある。というわけで、昨日から解き始めたが、物理は面白い。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を読んだあとだと、数式と現実は繋がっているという感覚が持てる。その感覚があると、物理を勉強すれば世の中の色々なことが分かるのでは?というワクワク感がある。そんなわけで、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は高校生以下のお子様に特にオススメしたい。

 今回、小説を読んで思ったのは、これは映画より本で読んだ方がいいということだ。作中で起きることの科学的に裏付けされた説明こそがこの小説の醍醐味であって、そこを取っ払ってしまったら面白さは半減すること必至だ。この説明は、時間制限のある映画の中で行うのは困難だし、されたとしても観客はついていけないだろう。『オデッセイ』は十分に面白かったが、ということは『火星の人』はその何倍も面白いに違いない。というわけで、『火星の人』も購入した。

 そもそも、非現実的な現象に対してそれなりの説明が用意されているということ自体が、エンターテイメントとして重要なポイントだ。小説において、突飛なことが起きても、それがなぜ起きたのかを説明する必要は必ずしもない。たとえば、『山月記』で李徴がなぜ虎になったのかについては「臆病な自尊心と尊大な羞恥心のせいだ」といえばそれで十分なのであって、ホモ・サピエンスが虎になる原理は不要なのである。SF小説では『山月記』よりも緻密な設定が求められるだろう。が、やはり突き詰めればどこかで「これはこの小説ではこういうもんなんです」という部分は必ずある。ただ、「これはこういうもん」だと思っていたところに、「実はこれがこうなってるからこうなんだよ」という説明があると、驚きがあって面白くなる。蛇足にならなければ。これはSF小説に限った話ではないだろう。ともかく、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は「これに対する説明が用意されているのか!」という驚きが多く、伏線回収の面白さに満ち溢れていた。

 先日、欧米のSF小説を読んで面白いと思ったことがないと書いたが、ようやく面白い作品に出会えた。今年読んだ中でもナンバーワンの小説だ(とかいって、私は小説をあまり読んでいないので参考にならないが)。