たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

『同志少女よ、敵を撃て』&『黒牢城』 感想

『同志少女よ、敵を撃て』を読んだ。

 第二次世界大戦の頃、ソ連では女性も兵士として従軍した。主人公セラフィマが生まれ育った村にドイツ軍が迷い込み、セラフィマは目の前で母を殺され、村人は皆殺しにされてしまう。赤軍(ソ連軍のこと)がセラフィマを救うが、赤軍は村を焼き払ってしまう。セラフィマは復讐を誓い、女性狙撃兵養成学校に入学する。そこで仲間を作り、成長したセラフィマは戦場へ向かう。様々な死と向き合いながら、彼女は戦う意味を問うていく。そんな話。

 まあ面白くないわけがない。

 第二次世界大戦が舞台のバトル小説なのだから。やっぱり命の取り合いは血が滾るぜぇ~! しかも狙撃手の話だから、頭脳戦の色も濃い。私は読みながらMeta版『バイオハザード4』の光景を思い出したりしていた。あと『ゴールデンカムイ』の尾形のことを思ったりもした。

 主人公が少女だっていうのもポイントで、戦記物というとなんとなく汗臭そう、難しそうで手に取る気になれないことも多いところ、むしろ香しささえ感じさせる表紙になっている。これは買いやすい。女性視点ならではの戦争の見方もあるから、男臭いものが多い戦記物の中では、新奇性もあるように感じた。

 さらに学園物の要素も備えている。狙撃兵になるために最初にすることは、銃を撃つことではない。スコープだけを手に持ち、見る物の距離と方角を正確に把握できるようになることだった。この、ちょっとした意外性と明確な目標が成長劇には肝心な気がする。『ハリーポッター』的な学ぶことの楽しさみたいなものが序盤にはある。

 完全なエンターテインメント小説。しかも今注目のウクライナが戦場だから、時事について勉強してる感も得られる。完璧。

 驚いたのはむしろたまに垣間見える文章の拙さである。もしかして?と思って調べたら、著者の逢坂冬真氏はなんとこの作品がデビュー作だというのだ。それにしてはクオリティが高い。うーん恐ろしや。

 

 そして『黒牢城』も読んだ。

 2021年下半期の直木賞受賞作である。著者は『氷菓』で有名な米澤穂信。主人公は、織田信長に反旗を翻した武将、荒木村重。茶器を愛でる風流人で『へうげもの』にも登場する人物。現在『へうげもの』は1~3巻をアマゾンで無料で読める。黒牢城とは村重が籠城戦を行った有岡城のことだ。

 そう、つまり、この小説は歴史×ミステリーのハイブリッド小説というわけである。歴史小説好きにもミステリー好きにもどちらにもオススメできて、両方好きな人なら一粒で二度美味しい作品となっている。

 ちなみに探偵役は黒田官兵衛黒田官兵衛は織田方の使者だったのだが、村重によって地下牢に閉じ込められている。村重が事件解決に悩み、悩みすぎたあまり官兵衛に相談すると、話を聞いただけで官兵衛には真相が分かってしまう。つまり、安楽椅子探偵というわけである。

 

 どちらも歴史小説だが、歴史小説は書くのに大変な労力がいることは想像に難くない。歴史考証のために様々な文献に当たらねばならないのは当然のこと、そもそもの話として、その人・時代を書きたい!という状態に持っていくためにもかなりの調べが必要なはずだ。まして、それをエンターテイメントに落とし込んでいく困難さは想像を絶する。小説を書くというのは生半可な仕事ではない。

 

 と称賛しておいてなんだが、正直に言えば、心が震える感覚はなかった。何かが、何かが物足りない……。『三体』や『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を読んでいた時のような多幸感がない……。感想を書いていないがこれらの前に『異常』も読んでいて、「純文学としては非常に面白いが、やっぱり純文学はあまり好かんなあ……」なんて読後には思ったりしたものだが、上の二冊を読みながら「『異常』は面白かったのかもしれない……」と思ったりもした。

 もっと正直に言えば、『黒牢城』はシンプルにトリック部分があまり面白くなかった。4つの謎の答えの全てに、「え、そんな真相?」という感想が浮かんだ。『同志少女よ、敵を撃て』に関しては何が足りなかったのか定かでないものの、もっと血みどろの方が私好みだったのかなあという気がする。アヤが死んで以降、第39独立小隊の人間が死ぬかもしれないというハラハラ感がなかった……かな?

 なんだか最近、面白い本を読んだという感覚がない。心が枯れている。面白い本を読んでいないから心が枯れているのか、心が枯れているから本を面白がれないのか。

 次は『火星の人』を読もう。これはきっとめちゃくちゃ面白いはずだ。