たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

『そして誰もいなくなった』でミステリー小説の勉強をする

 あなたは日本で一番賞金の高い文芸賞をご存知だろうか。

 このミステリーがすごい大賞である。その賞金はなんと1200万円。このミス大賞ともなれば、ヒット間違いなしなので印税収入も含めればとてつもないお金が懐に入ることになる。

 では二番目に賞金が高い文芸賞はなんだろうか?

 江戸川乱歩賞である。賞金は1000万円。

 三番目は?

 松本清張賞日本ホラー小説大賞、そして……日本ミステリー文学大賞新人賞である。

 ここから導き出される結論は一つ。

 ミステリーは儲かるのだ。

 ちなみに、情報ソースは以下のサイト。

pro.bookoffonline.co.jp

 

 というわけで、ぼんやりとミステリー小説家を目指すことにした。

 書きたい作品があるわけでもなく、金目当てでミステリー小説家になろうというのだ。アイデアが浮かんでくるはずもない。

 アウトプットするには、まずインプットを増やすことが大事だ。そんな気がする。

 

 手始めにそして誰もいなくなったを読んだ。

 代表的ミステリー小説家であるアガサ・クリスティーの代表作である。

 素晴らしい小説であった。

 なんせタイトルがイカしてる。「そして誰もいなくなった」。口に出して言いたくなる。ちなみに、英語版タイトルも"And Then There Were None"で意味は同じだ。ただし、最初期のタイトルは"Ten Little Niggers"で、これが人種差別的だというのでアメリカ版出版を機に改題されて今に至っている(クリスティーはイギリスの作家)。

 ここからうっすらと分かるとおり、この小説では、10人いた登場人物が最後には誰もいなくなってしまう。絶海の孤島に集められた10人の男女が「10人の小さな兵隊さん」というマザーグースっぽい詩のとおりに殺されていくのだ(元々は「10のインディアン」の2つ目のバージョンであるフランク・グリーンの"Ten Little Niggers"を使用していたから最初のタイトルが"Ten Little Niggers"なのである。)。いったい誰が犯人なんだろう? まだ本を読んでもいない段階から想像を掻き立てられる。強い。

 というわけで、この作品は絶海の孤島(クローズドサークルものであり、見立て殺人ものである。ザ・ミステリー小説! ミステリーの定番を学ぶには最高の作品だ。

 この見立て殺人を見て私が思い出したのは『オイディプス王』である。主人公やそれ以外の人物に対して恐ろしい予言がなされる。恐ろしいが、それゆえにそんなことが起こるはずがないと主人公も読者も思う。ところが、予言は実現してしまう。圧倒的な運命の力を感じると同時に、「そう来るか!」という驚きがある。予言が物語の鍵となる作品は他にもシェークスピアの『マクベス』などがある。予言は面白いのだ。『そして誰もいなくなった』も古来から伝わる予言の面白さを活用した作品と言えそうだ。

 フィールドカード「絶海の孤島」にはいくつかの効果がある。一つは、登場人物から逃げ場を奪う効果。もう一つは、犯人の候補を絞る効果だ。警察の捜査力を遮断する効果などもあるかもしれない。

 問題は、どういう人物を絶海の孤島に集めるのかだ。これは地味に大切なポイントだ。物語は登場人物が動かす。登場人物は人との関係性の中でキャラクターが確立していく。集団は個によって規定されるが、個もまた集団によって規定されるのだ。だから、どのような集団を用意するかが物語の核になる

 『そして誰もいなくなった』の場合は、見ず知らずの赤の他人同士を絶海の孤島に集めている。ただし、彼らは一つの共通点を備えている。罪にならない殺人を犯した過去を抱えている。悔いているものもいれば、罪の意識など感じていない者もいる。そんな彼らに対して、謎の島の主は彼らを断罪すると宣言するのだ。

 江戸川乱歩谷崎潤一郎に触発されてプロバビリティーの殺人を描いたが、アガサ・クリスティーはそのような殺人を犯した者を糾弾する殺人者を描いたわけだ。どちらが上とかはないが、なんとなく先を行かれた感じがする。ちなみに乱歩の『赤い部屋』は1925年、『そして誰もいなくなった』は1939年の作品だ。先へ行っていても当然と言えば当然か。

 ところで、日本で孤島ものといえば、綾辻行人の『十角館の殺人』だ。『十角館の殺人』は『そして誰もいなくなった』をオマージュした作品といって間違いない。『十角館の殺人』では大学生たちが孤島に集まる。彼らはやはり過去に罪を犯した者たちで、断罪として殺害されていくのである。そして最終的には皆殺しにされる。事件は迷宮入りし、犯人は自身が海に投じた瓶に入った手紙によってのみ明かされるのだ。異なる点は、登場人物たちは推理小説研究会の会員たちであり、友人関係にあるという点。やはりここが『十角館の殺人』の肝だったりする。

 私は『十角館の殺人』を先に読んだが、この順番で良かった気もする。やはりデビュー作である『十角館の殺人』よりも円熟した大作家が書いた『そして誰もいなくなった』の方がクオリティは高いと思うから。まあ『そして誰もいなくなった』が先のほうがオマージュをより楽しめるだろうし、どっちが先でもいいだろうが。

 というわけで、ミステリー小説で一山当てようという気になったらぜひ『そして誰もいなくなった』を読むことをおすすめする。結果的に自分では一文字も書けなかったとしても、名作を読んで損することはないはずだ。

 

 ちなみに、小説を読むのは時間がかかるので(『そして誰もいなくなった』はけっこう短い時間で読めたが)、映画でもミステリーを見てみているのだが、『屍人荘の殺人』は絶海の孤島の作り方がすごかった。なんとゾンビを大発生させることで擬似的絶海の孤島を生み出しているのだ! もちろんゾンビがトリックにも関わってくるし、物語的な意味もあったりする。そして浜辺美波が可愛い。浜辺美波に噛まれて浜辺美波になりたい。浜辺美波膵臓を食べたいし、浜辺美波膵臓を食べさせたい。やはりミステリー小説には夢がある。