あなたは日本で一番売れている漫画雑誌をご存知でしょうか。
そう、週刊少年ジャンプです。
では、それが具体的にどのくらいの売上かはご存知でしょうか?
こちらのサイトにランキングが載っています。
コミック2020年度年間掲載誌ランキング – 書籍ランキングデータベースニュース
これによると、2020年度の上位三誌の実績が以下のとおりです。
2位であるマガジンの6倍以上。頭ひとつ抜けているとはこのことですね。
では、個別のコミックスではどうかといえば、2021年の売上ランキングは以下のとおり。
- 呪術廻戦
- 鬼滅の刃
- 東京卍リベンジャーズ
- 僕のヒーローアカデミア
- 進撃の巨人
- ONE PIECE
- チェンソーマン
- SPY×FAMILY
- キングダム
- ハイキュー!!
- 約束のネバーランド
- 怪獣8号
- Dr.STONE
- 転生したらスライムだった件
- 終末のワルキューレ
上位15作品のうち8タイトルが週刊少年ジャンプの漫画です。ちなみに、ヤングジャンプと少年ジャンプ+の漫画を含めると、11作品にまでのぼります。(小学館が一個も入ってない!)
なお、情報ソースはこちらのサイトです。
『呪術廻戦』『東リべ』…2021年に売れたコミックを「作品別」で見てみると?[作品別 コミック年間ランキング] | ほんのひきだし
サイトによって順位が違ったりしますが、大きな傾向は変わらないでしょう。
さらに、コミックスの歴代発行部数ランキングを見ると、以下のようになっています。
ここでもやはり上位10作品のうち7作品が週刊少年ジャンプ作品です。
こちらの情報ソースは以下のサイト。
なぜ週刊少年ジャンプはこれほど圧倒的な実績を挙げているのか?
その秘密は週刊少年ジャンプのキーワード「友情・努力・勝利」にありそうです。
友情
週刊少年ジャンプの経営は友情によって支えられていると言えそうです。
会社経営において、最も大事にしなければならないのは顧客との関係性です。どれほど従業員やサプライヤーを大事にしても、顧客に見限られれば会社を維持できない。それが現実です。
週刊少年ジャンプの特徴として真っ先に挙げられるのが、徹底したアンケート至上主義です。
どれほどの人気作家であろうと、アンケートのランキングが低迷すれば打ち切られるのが週刊少年ジャンプ。いったい私たちは何回、新人漫画家の作品が10週で打ち切られるのを目にしてきたことだろうか?
このアンケート至上主義はすなわち顧客至上主義であり、Amazon流にいえばカスタマーオブセッションだと言えます。
これが週刊少年ジャンプの成功法則の柱である可能性はかなり高いと思います。
一万時間ルールというものがあります。
その道で一流になるためには一万時間の訓練が必要だという法則です。
ところが、心理療法士、企業の採用担当者、臨床心理士については、プロと研修生との間に成果において差異が認められないのだそうです*1。経験が能力の向上に繋がっていないということですね。
これはちょっと常識に反します。どんな道でもプロは素人より優れている、というのが一般的な感覚です。なぜそのような職種が存在するのでしょうか?
理由はフィードバックがないことです。医者であれば、治療の結果は患部の状態や症状や検査の数値によって明確に分かります。それによって自分の選択した治療が正しかったかどうかが明らかになります。心理療法士もまた、治療の成果は観察によって判断します。ところが、肉体の病気と違って、患者は正直にフィードバックを返してくれるとは限りません。心理療法士に対して気を使ってしまう傾向があるのだそうです。さらには治療が成功した後、患者の精神機能が良好な状態を保ち続けるかどうかは全くあずかりしらないといった状況があるのだそうです。
これでは暗闇の中でシュートの練習をするようなもので、いくら一週間に2万本のシュート練習をしようが能力が向上することは見込めないのです。
つまり、成功のためには取り組みに対するフィードバックが欠かせません。
翻って、週刊少年ジャンプはどうか? 漫画雑誌では、連載作品の掲載順を決定しなければなりません。週刊少年ジャンプでは、この重要な決定の基準に読者からのフィードバックを採用しており、週ごとに掲載順が変化します。
これにより、打ち切りの心配がない上位陣でさえも、読者の反応を気にせざるを得ない状況が構築されています。読者からのフィードバックを何よりも尊重する文化とそれを維持する仕組みが週刊少年ジャンプにはあるのです。
努力
「せんせぇ」
「何?」
「俺……どうしたらもっと……もっと強くなれんのかなァ?」
「……何を突然」
「せんせぇ!!」
「まずは日頃の努力よ。結果に振りまわされないで」
(そうじゃねんだ。努力したって……ダメなもんはダメなんだよ)
『ライジングインパクト』第15巻 第129話「歯車は動き出す」より
成功のためには努力が大事。口で言うのは簡単ですが、行うのは難しいです。
雑誌の売上を決定する要因はいくつもあります。掲載される漫画は当然に重要な要素ではありますが、一方でそれだけが売上を決定するわけでもありません。
経済学的には価格がコンテンツ以上に重要なはずですし、表紙も定期購読者層以外に向けてアプローチする重要な要素です。実際、週刊少年マガジンや週刊少年サンデーでは表紙を芸能人が飾っています。他にも、他の漫画雑誌よりも魅力的であるかどうかなど、様々な要因があります。
そういうわけで雑誌の売上というのは、非常に複雑な仕組みによって決まっているのです。この複雑なものに対して、そのまま向き合うと霧の中に迷い込んでしまいます。
「困難は分割せよ」とはデカルトの言葉ですが、複雑なものは一つ一つ分解して単純な形にしてから、それぞれに改善を施すのが良いです。これをマージナルゲインと言います。
週刊少年ジャンプがアンケート至上主義を取っているというのは一見当たり前のことのように思われますが、実はその陰にはマージナルゲインの考え方があります。
漫画雑誌を様々な要素に分解していくと、掲載漫画が主要なものとして存在することが分かりますが、ここから売上を高めるための三つの方策が浮かび上がってきます。
- 連載中の漫画の質を高める
- 質の低い漫画を打ち切る
- 質の高い漫画を新規連載する
通常であれば、この三つの課題に対してそれぞれ取り組んでいくことになります。週刊少年ジャンプの場合はさらに一歩進んで、その全てをアンケート至上主義という一つの点によって繋げることに成功しています。
マージナルゲインの考え方はジャンプに掲載されている漫画作品の中にも見て取れます。
「海賊王におれはなる!!!!」
『ONE PIECE』のルフィの野望ですが、これはあまりに大きくあまりに漠然とした夢で、これだけだと夢の実現に向けてどう取り組めばいいのか分かりません。
そこでルフィは様々なマージナルゲインを積み重ねていきます。一番わかりやすいのが人材採用です。
- 戦闘員=ゾロ
- 航海士=ナミ
- 砲撃手=ウソップ
- コック=サンジ
- 医者=チョッパー
……といった具合に、麦わら海賊団が海賊団らしくあるために欠けている人材を採用していきます。このように小さな改善を積み重ねていく中で、ルフィは着実に海賊王への道を歩んでいきます。
ただし、その努力が正しい努力なのかは検証する必要があります。たとえば、本当に読者アンケートを重視することが売上向上に繋がるのでしょうか?
この検証に最も有効なのがRCT(ランダム化比較試験)です。
条件が等しいグループを二つ用意し、一つには検証したい条件を与え、もう一つには与えないで、二つの結果を比較する作業です。
たとえば、ランダムに選んだ人間のグループを二つ作り、一つにはビタミンCを投薬し、もう一つには薬を投与し、病気の治療の成果を見比べれば薬の効果が分かります。
これをやらないと、「薬を投与したら病気が良くなった!」で満足してしまいがちです。実は薬を投与しなければもっと改善したかもしれないのに、それに気付けません。つまり、毒を薬だと思いこんでしまう可能性があります。
これは珍しいことではなく、ヨーロッパでは19世紀頃まで瀉血といって、血を抜くことが病気の治療に有効だと信じられていました。実際には瀉血は効果がなく、感染症を誘発して患者を死に至らしめることもあったそうです。それにも関わらず、瀉血の有効性は数百年、あるいは千年以上にわたり信じられてきたのです。
同じことがアンケート至上主義に言えます。
これは一見もっともらしく見えますが、週刊少年ジャンプの売上に貢献しているのは別の要因で、アンケート至上主義はむしろ売上の減少要因である可能性すらあります。実際、ジャンプを離れて成功した『はねバド!』の濱田浩輔氏のような例もあります。
漫画雑誌でこれを検証するのは非常に困難です。タコピーのように人生を何度もやり直さない限りは。検証が困難な場合があるのがRCTの弱点です。ですが、もしかしたら擬似的に検証することはできるかもしれません。
あなたは『HUNTER×HUNTER』という漫画をご存知でしょうか? 週刊少年ジャンプ上で連載され、カルト的人気を誇っている作品なのですが、休載が非常に多いことが特徴です。長い休載が明けて連載が再開されるとツイッターのトレンドに載ることも多々あります。
人気作品の休載は漫画雑誌にとって打撃のはずですが、これはチャンスとも言えます。『HUNTER×HUNTER』の掲載期間×『HUNTER×HUNTER』のアンケート順位×雑誌の売上、これらを比較すれば週刊少年ジャンプはアンケート至上主義に関する新たな学びを得られるかもしれないからです。もちろん、厳密な検証にはなりえませんから、そこで得られるものは示唆に過ぎないでしょうが。
勝利
勝利を目標にしていることも大切です。
これは当たり前のようで当たり前ではありません。人は失敗を発見した時に、その責任者を非難したいという欲望にかられます。
これは一見、失敗の原因を排除する建設的な行為のように思われるかもしれませんが、失敗を非難することは失敗の顕在化を妨げます。失敗を非難される環境において、失敗を素直に認め、組織の中で共有しようとする人は稀です。失敗が表面化しないということは正しいフィードバックを受け取れないということです。成長の前提であるフィードバックを損なうことは重大な問題です。
また、非難の矛先は、往々にして失敗の原因以外のものに対して向けられます。人は失敗の原因を考える時に、目立つ物事に着目します。失敗と目立つものを結びつけて考えれば、理屈をひねり出すことは容易です。それが真の原因であればよいでしょうが、現実はそれほど単純ではありません。このように分かりやすいけれど誤った結論に飛びつくことを「講釈の誤り」といいます。
勝利を目指しているならば、失敗した時にやることは非難ではありません。失敗から学ぶことです。ジャンプ編集部の籾山氏は次のように述べています。
「ジャンプ」では最終的にホームランを打つことが大事であって、その途中で何回失敗しようと作家も編集者もまったく評価にカウントされないんですよ。
引用元は↓
こうした仕組みの根底には、成長型マインドセットがあります。努力によって才能は伸びるという考え方です。これの反対が固定型マインドセットで、才能は生まれ持って決まっているという考え方です。
もしジャンプ編集部が固定型マインドセットの組織であれば、一度失敗した新人は才能ナシの烙印を押され、読み切りさえも二度と掲載することはできないでしょう。そうであれば、『魔少年ビーティー』が10週で打ち切られた荒木飛呂彦先生は『ジョジョの奇妙な冒険』を生み出せなかったかもしれません。
ジャンプ編集部が成長型マインドセットの組織であるから、判断が難しい作品はとりあえず紙面に載せて読者の反応を見ることができるのです。
『ドラゴンボール』でも修行によって悟空が成長していく様子が何度も描かれますし、連載作品の中にも成長型マインドセットは至るところで見られます。
まとめ
以上、週刊少年ジャンプの成功法則について考えてみました。ポイントは以下の三つ。
- 友情 = フィードバックを大切にする。
- 努力 = マージナルゲインを積み重ねる。
- 勝利 = 成長型マインドセットを持つ。
ジャンプ以外のことに関して書いてあることの元ネタは『失敗の科学』です。
エッセンスはだいたい上に書いたようなことですが、人はなぜ失敗から学べないのか?についてもこの本にはより詳しく書いてあります。
また、事例も上に書いたのよりずっと面白い話ばかり。原題は『Black Box Thinking』なので、航空業界の事例が多め。人の命が関わる業界なのでのめり込んで読んでしまいます。
著者は以前に書いた『多様性の科学』のマシュー・サイドさん。この方はまず最初に読者の心をグッと掴む悲劇を持ってきて、その悲劇がなぜ起きたかを解き明かしながら読者に人生のヒントを提示するという手法を得意としているようです。
私も真似ようとしてみましたが、題材として適当なエピソードを発見するのはなかなか難しく諦めてしまいました。適切な事例のストックをどれだけ持っているか、持っているものをすぐに引き出せるか、というのがライターとして重要な資質のように感じます。ジャンプの漫画なんて小さい頃からけっこう読んできたはずなのに、今回の記事を書くにあたって的確な名場面が全然思い浮かばないところはダメダメだなあと感じます。事例収集が私にとってのマージナルゲインかもしれません。こうして記事を書くことも事例収集の一環と考えられます。
ちなみに、陶芸教室で作品の質に基づいて生徒を評価する群と作品の数に基づいて生徒を評価する群に分けて実験を行ったところ、作品の数で評価される群の方が質の高い作品を作ったそうです。心理学者のバビノーとクランボルツはこのようなことを言っているそうです。
「素晴らしいミュージシャンになるために、まずはひどい曲をたくさん演奏しよう!」
素晴らしいブロガーになるために、まずはひどい記事をたくさん書こう!
そういうことです。
以前書いたひどい記事はこちら。
weatheredwithyou.hatenablog.com
*1:https://www.fs.usda.gov/rmrs/sites/default/files/Kahneman2009_ConditionsforIntuitiveExpertise_AFailureToDisagree.pdfたぶんこれのProfessional Intuitionのところに書いてありそう