たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

『西洋絵画Best100』感想

 『西洋絵画Best100』というムックを読んだ。

 

 

 昨年アメリカ映画ベスト100を観た結果、ベスト100を制覇すると色々な知見が得られることを悟った。ならば次はなんだろうと考えた結果、名画に思い至ったのである。

 前置きはそれくらいにして、読んで思ったことを書き散らしてみたい。念のため書いておくと、下記に記すことは私が勝手に考えたことであって、ムックで解説されているわけではない。

人物画の構成要素

 まず、絵画は人物画と人物画以外に分けられる。人物画以外については、あまりまだ把握しきれていないので、今日は人物画について書いていきたい。ちなみに、人間の姿の神を描いた絵は人物画とみなしている。

 人物画の構成要素は以下の9個が存在する。

  • モデル
  • 題材
  • 表情
  • ポーズ
  • 人数
  • 背景
  • 写実性
  • 技法

 人物画について語りたければ、これらのいずれかに触れておけばいいと言っても過言ではなかろう。

モデルと題材

 モデルとは、文字どおり、描かれている人物のモデルである。画家の恋人とか妻とか不倫相手とか雇い主とかがよくあるパターンだ。あるいは存在しないパターンもあるに違いない。

 題材とは、モデルが演じている役のことである。たとえば、キリストとかマリアとかは題材に当たる。

 宗教画ではモデルと題材が一致することはないが、宗教画以外では一致する場合が多いだろう。宗教画にあまり馴染みがない人は、「モデルと題材が一致しない」の意味がわからないかもしれない。たとえば、デューラーの自画像は題材はキリスト、モデルはデューラー自身である。

デューラー『自画像』

 モデルと題材が分けられるということは、宗教画を必ずしも宗教画として見なくてもよいということだ。聖母子像を見て、「これが聖母マリアか~」と思う必要はなく、「この女の子かわえっ!!」と思ったってよいのである。

表情

 人物画における最重要要素と言ってもよいのが表情だ。特にバストアップのショットなら、ここが良くなければ何も始まらないと言っても過言ではなかろう。

Portrait de Lisa Gherardini, dit La Joconde ou Monna Lisa | Image via Louvre Museum

 表情は大きく分けると、以下の種類があるのではなかろうか。

  • 無表情
  • 笑い
  • 怒り
  • 悲しみ
  • 驚き
  • 苦悶

 もちろんそれぞれ0か1ではなく、笑いだけ取っても微笑から破顔までグラデーションで様々な表情がある。微笑の中にも様々な微笑がある。さらにいえば、笑いと怒りが混ざったような表情、のようにそれぞれが混ざっているものも考えられる。

 印象としては、最も多いのが無表情、次に多いのが微笑だ。つまり、感情が明確な表情は意外と少ない。人間は思っているよりも無表情なことが多いのか、鑑賞者が思いを巡らせるための余白を残しているか、いずれなのかは私には分からない。

ポーズ

 表情の次に重要になるのがポーズである。ポーズは大きく分けると次の三種類が存在する。

  • 立位
  • 座位
  • 臥位(寝そべり)

立位

 立位とは、立っている姿勢のことだ。

 アングルの『泉』は、立位の人物画の理想形の一つであろう。

アングル『泉』

 立位の特徴として、まず画面が縦長になりがちということがある。考えてみれば当たり前なのだが、人物画の縦横比はポーズによって決まる。臥位なら横長になるし、座位は立位と臥位の中間、すなわち正方形に近くなる。(逆に言えば、画面の縦横比があらかじめ決められている場合、ポーズは半自動的に決まると言ってもよいだろう。また、映画は立っている人間の全身を撮るのに不向きだし、漫画はコマ割りによって自在に画面の縦横比を決められる点に優位性があるとか、色々なことがここから考えられる。)

 縦長の画面では背景があまり目立たないことが多い。たぶん遠近法の都合で、縦長の画面では背景の情報量を増やすことが難しいのだろう。逆に、横長の画面では背景が目立つ。より人物にフォーカスを当てるのが立位……というと過言であろうか。

 背景が使いづらい分、ポーズに多様性をもたせやすいのが立位だ。人間は様々な動作をするが、寝たまま行える動作は少ない。

 ちなみに、立位に限ったことではないが、ひねりを加えさせると、人物に色気が出てくる。ひねりがないとまっすぐな人柄、あるいはシチュエーションであることが伝わってくる。アングルの『泉』も、首や腰や膝がくねっていなければ全く違った絵になるはずである。

座位

 座位、すなわち座っている姿勢は、上に書いたとおり画面が正方形に近くなる。臥位ほどではないものの立位よりは背景の情報量が増えるし、動作も付けられる。

クラムスコイ『忘れえぬ人』

 座位においてポイントになるのが、何に座っているかだ。

 まず、『モナ・リザ』のように椅子に座るのが標準だ。これを念頭に置くと、クラムスコイの『忘れえぬ人』は馬車の座席に座っているところが特徴だと分かる。馬車に座っている人は普通、高いところにいるので、見上げる形のアングルになり、表情も独特のものになってくる。あとロシア美人が可愛い。

 だが、人が座るのは椅子だけに限らない。たとえば、ダヴィッドの『サン・ベルナール峠を越えるナポレオン』は馬に座るナポレオンを描いている。

ダヴィッド『サン・ベルナール峠を越えるナポレオン』

 通常、椅子に座っている人に動きはないが、この絵にはかなり躍動感がある。他にもぶらんこなどが人が座るものとして考えられる。

臥位

 臥位とは寝そべり姿勢のことだ。

 寝そべりの基本形はジョルジョーネの『眠れるヴィーナス』だろう。

ジョルジョーネ『眠れるヴィーナス』

 これまでにも書いてきたとおり、寝そべり姿勢は横長の画面になる。(寝そべりなのに横長じゃなかったら、それがその絵画の特徴となる。)横長の画面だと背景の情報量を増やしやすく、絵の中の比重が大なり小なり人物から背景に傾く。

 一方で、矛盾しているようでもあるが、寝そべりは一人の人物にフォーカスするときのポーズでもある。複数の人物が登場する絵、特にかなり多くの人物が登場する絵で寝ている人物はほとんど描かれない。もし描かれるとすれば、その人物はその絵で最も重要な人物であろう。

 座位と違って、眠る場所のパターンは少ない。ほとんどがベッドだ。また、ポーズもほとんど差がない。大きく違いを付けるとしても、仰向けかうつ伏せがせいぜいだろう。

 というわけで、寝そべり絵画の登場人物はだいたい全裸である。人間の美しさを描こうと思ったら、まず第一候補に上がるのが裸なのだ。人間が性淘汰を生き抜いてきた生物である限り、裸の人間を美しいと思うのは自然の摂理なのである。インスタグラムのおすすめが水着の女性ばかりになっても何も恥ずべきことはない。裸の人間は何よりも美しいのだ。絵画において服を着ている人間が登場したら、画家が裸を捨ててでも表現したかったものがあると思っておけば間違いないだろう。

 ということを考えていくと、ミレーの『オフィーリア』の魅力の一端がわかってくる気がする。この絵は臥位でありながら、ベッドでもなく、裸でもない。それでいて横長画面の強みである背景(前景と言ってもいいかもしれない)が美しく、その背景にオフィーリアが完全に溶け込んでいるのだ。

ミレー『オフィーリア』

人数

 これまで一人の人物だけが描かれていることを前提に話を進めてきた。

 実際には、複数の人物が描かれる絵も多い。が、二人だろうが三人だろうが、上に述べたことは変わらない。極端な話、10人の登場人物がいる絵は1人の人物画を10枚合成したものと見ることさえできる。

 ただし、絵の縦横比に関して言えば、人物が二人以上になると普通は横幅が広がる傾向にある。横幅を決めるのは、二人の人物の距離だ。

 また、人物が二人以上になると、関係性やイベントを描くこともできるようになり、表現の幅はぐっと広がる。というか、それを描かない限りは一枚の絵に二人以上を描く意味がないだろう。

 書きながら思ったが、これは歌手についても同じことが言える。乃木坂46は大人数のアイドルグループだが、本質的には一人の歌手兼ダンサーの集合体と見ることも可能だ。だが、人数が多くなればなるだけ個の存在感は薄れていき、代わりに関係性が生まれていくし、これがないのであればグループを形成する意味がない。そしてやはり、人数が多ければ多いほど横に広い画面が必要になってくる。秋元康は『モナ・リザ』より『最後の晩餐』派なのかもしれない。

背景・写実性・色・技法

 ここらへんについてはまだあまり良くわかっていないので簡単に書く。

 背景は大まかに、屋内・屋外・なしに分けられる。屋内では主には壁と調度品で構成され、屋外では空と空の下にある風景で構成されることが多い。空は時間によっても天気によっても様々な表情を見せるから準人物的な要素として捉えてもいいかもしれない。

 写実性には二つの要素がある。一つは解像度、もう一つは現実性だ。一般的に、素人が見てすごいと思う絵(上に挙げたような絵)は両方を備えていることが多い。

 解像度を下げたものの代表例が印象派であるが、現実性を落とすものもある。アルチンボルドが分かりやすい。 (『西洋絵画Best100』では『四季』が選出されていて、下の絵は掲載されていない。)

アルチンボルド『ウェルトゥムヌスとしての皇帝ルドルフ2世像』

 色も重要な要素であることは明らかだが、どう語ればよいのかはよく分からない。とりあえず、光の使い方は色に含めて考えることができそうとだけ書いておこう。

 技法は、遠近法だとか点描だとかが分かりやすいが、やはりどう語ればよいかよく分からない。そもそも油絵であることなんかもここに含まれる。

まとめ

 というわけで、たくさんの*1名画を歴史順に眺めていたら、これまで絵画を見ても思いもしなかったことに気付いた。やはりなんでもベスト100を嗜んでおくと、造詣が少しだけ深くなる気がする。

*1:絵画の100点が「たくさん」と言えるかは微妙だが。