『情婦』は1957年の映画。監督はビリー・ワイルダー。脚本はビリー・ワイルダーの相棒にハリー・カーニッツ。主演はチャールズ・ロートン。
本作は法廷もののミステリー。
弁護士の主人公のもとに犯罪の被疑者がやってきて弁護をすることになるという流れ。
状況の全てが被疑者にとって不利。状況とは、アリバイが存在しないこと、不利な事実の証人が存在すること、動機が存在することだ。その他にも抵抗の痕跡、指紋、血痕などがある。唯一光明があるとすれば、被疑者の妻がアリバイを証明できること。
これ系の物語は、おおむね次の4つで構成されるのかもしれない。
- 弁護人と被疑者の関係を作るエピソード
- 被疑者と被害者の関係を明らかにするエピソード
- 被疑者と証人の関係を明らかにするエピソード
- 裁判シーン
裁判パートでのお楽しみは証人の証言の矛盾を突くことだ。巧みな証人尋問によって弁護人が虚構を暴く面白さ。『アラバマ物語』でも行われていたし、『十二人の怒れる男』なんかこれだけのために全ての時間が費やされていたと言っても過言ではない。『情婦』でも見事にこれが展開される。
だが、裁判パートの楽しみは他にも二つある。一つが、弁護人の知らない新事実が明らかにされること。もう一つが、味方であったはずの証人の裏切り。金に目がくらんだり脅迫されたりした証人が事前の打ち合わせとは全く違う証言をするという展開が法廷ものではよくある。
『情婦』の最大の面白ポイントは、裏切る証人が、通常であれば被疑者の最大の味方であるべき人物だという点にある。仲良しのおっちゃんが裏切るとかそんなもんじゃない。被疑者の妻が裏切る。しかも被疑者は自分たちを仲良し夫婦だと思っている。なぜ彼女が裏切り行為をするのかも分からない。
さらにビリー・ワイルダーはこのシリアスな法廷劇に夫婦漫才を取り入れ、単調にならないように工夫している。
以上に書いた要素だけで十分に面白い映画になるはずなのだが、さすがビリー・ワイルダー。いや、さすがアガサ・クリスティー。これだけでは終わらない映画になっている。
最後に余談だが、ミステリーの面白さを生み出すポイントの一つに探偵と犯人の距離があると思う。距離が極端であるほど面白くなりやすい。たとえば、『羊たちの沈黙』は探偵と犯人の距離が極めて遠い点に特徴がある。逆に探偵と犯人の距離が極めて近いのが『深夜の告白』だ。
面白いミステリーに出会ったときはぜひ探偵と犯人の距離に注目していただきたい。