たぬきのためふんば

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アメリカ映画ベスト100制覇への道:その46 夜の大捜査線

 黒人のエリート刑事が南部で殺人事件に遭遇する。

 

 『夜の大捜査線』は1967年の映画。監督はノーマン・ジュイソン、脚本はスターリング・シリファント。主演はシドニー・ポワチエロッド・スタイガーアカデミー賞は4部門で受賞。

 

 ミステリーあるいは刑事ものの定石として、冤罪がある。愚かな警察が無辜の市民を浅はかな思慮で逮捕する。主人公が当の被疑者であるパターンもあれば、主人公は被疑者を救うために活動するパターンもある。『アラバマ物語』は後者だった。

 『夜の大捜査線』では、その両方を採用している。まず、主人公のバージル・ティッブスは黒人であるという理由で逮捕されてしまう。普通ならば、彼が無実を晴らすために戦うのが本筋になるところだが、この映画においてはこれは導入に過ぎない。

 黒人なのにエリート刑事。この設定だけでもバージルの優秀さが伝わってくるが、「黒人なのに」の部分を冤罪という形で描写している点が興味深い。

 『ウエスト・サイド物語』を観た時に、人は悲劇に神を見出すと書いた。神とは一個人では逆らえない強大な存在のことで、社会もそれに含まれる。社会が強権を不当に行使する場面として、現代における最も典型的な例が冤罪だ。

 警察手帳を見せることで冤罪を退け、白人の警官たちよりも給料も能力も高いことが明らかになる。ここにバージルの強さが表れる。バージル・ティッブスは黒人を差別するアメリカ社会に一人立ち向かうヒーローだ。シドニー・ポワチエは黒人初のアカデミー賞受賞者だから、バージルを演じるに最も相応しい人物だろう。)

 冤罪が起きるには、無実の人間を犯人だと決めつける人物、すなわち正義感は強いが無能な警察が必要になる。『夜の大捜査線』ではビル・ギレスピー署長がその役割を果たしている。

 このギレスピーが何度も間違った人物を逮捕しようとし、その都度バージルが過ちを正す。そうしているうちに彼らは真犯人に近づいていき、最後にはあい解決となる。

 だが、ギレスピーはただの敵ではない。バージルとともに仕事をしていくうちに、心の距離は縮まっていく。『夜の大捜査線』はアカデミー主演男優賞を受賞したが、受賞者はシドニー・ポワチエではなく、ギレスピーを演じたロッド・スタイガーだった。ギレスピーもまた主役の一人だったのだ。凸凹コンビが捜査の中で信頼関係を築いていく。これも刑事ものの定石である。

 

 こうした刑事ものの定石を逆手に取ってアメリカ南部と黒人差別を描いたのが、『夜の大捜査線』だ。

 アメリカで公民権運動が起きたのは1950年代から。これまで観てきた45作品はすべて白人が主人公だった。ようやく黒人が主役の映画が登場したのが1967年の映画であることには社会的な理由がある(一応書いておくと、シドニー・ポワチエがアカデミー主演男優賞を受賞したのは1963年の『野のユリ』)。キング牧師が暗殺されるのは、この映画が公開された翌年のことだ。

 ちなみに、2019年のアカデミー作品賞を受賞した『グリーンブック』の時代設定は1962年。ジャンルこそロードムービーだが、「インテリの黒人と粗野な白人の凸凹コンビが共に南部の過酷な差別に直面することで徐々に偏見のない関係を構築していく」というあらすじはほぼ『夜の大捜査線』だ。