たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

アメリカ映画ベスト100制覇への道:その81 カサブランカ

 生き別れた恋人と奇跡的な再会を果たすが、彼女には夫がいた。

 

 『カサブランカ』は1942年の映画。監督はマイケル・カーティス、脚本はハワード・コッチとエプスタイン兄弟。主演はハンフリー・ボガートイングリッド・バーグマンアカデミー賞は作品賞、監督賞、脚色賞を受賞。

 

 「君の瞳に乾杯」の名台詞で有名なこの映画は当然ラブロマンスだ。

 これまでラブストーリーは以下の二つのストーリーに大別されそうだということを学んできた。

  • 最初は仲が悪かった二人が困難を共に乗り越えるうちに結ばれる。
  • 一気に燃え上がった愛は社会の荒波にもまれて儚く滅びる。

 しかし、『カサブランカ』はそのいずれでもない。

死んだ恋人の復活

 まず、主人公とヒロインが再会するところから物語は始まる。二人は物語が始まる前に一度別れているのだ。破局したわけではない。パリがナチスに攻め落とされた日、女が突然いなくなって、男はわけもわからぬままパリを脱出した。男は諸国を転々として、モロッコカサブランカにたどり着いた。二人はきっともう二度と出会えない……はずだった。

 つまり、絶世の美女イングリッド・バーグマンは、ハンフリー・ボガートの中で死んだに等しい状態だった。死に別れた恋人は記憶の中で永遠に美しく輝き続ける。(『めまい』や『タイタニック』のパターンだ。)

 ところが、ナチスから身を守るためにアメリカへ逃げようとする人々が集まる街カサブランカにおいて、二人は奇跡的な再会を果たす。死んだはずの恋人が復活したのである。

 普通ならば運命のはからいに感激するはずだが、ハンフリー・ボガートは素直に喜べない。彼は女に裏切られたのだし、しかもその女の横には夫がいるのである。あの日、どしゃぶりの雨の中で、彼女を待ち続けた自分はきっととてつもないアホ面を晒していたにちがいない。(『アパートの鍵貸します』で学んだとおり、男にとって約束をすっぽかされることほど屈辱的なことはない。)

 死んだはずの恋人が復活したのに等しい喜びと、その恋人に裏切られた怒りの狭間で男は葛藤する。これがこの映画の面白ポイントその1である。

いびつな三角関係

 上に書いたとおり、この物語の基本的な人間関係は、男2女1型の三角関係でできている。『フィラデルフィア物語』方式でいけば(というか普通の流れでいけば)、この場合、選択権は女にある。

 にもかかわらず、『カサブランカ』では、選ぶのはハンフリー・ボガートなのだ。彼はイングリッド・バーグマンを奪うか、彼女の夫に譲るかの選択を迫られる。前者を選択する権利があるのであれば、彼に後者を選ぶ理由はないはずだ。ないはずなのに、悩む。悩まざるをえない。ここがこの映画の面白ポイントその2である。

 このようなありえない状況を生み出すのが、カサブランカという社会である。ナチスが各地に侵攻し、ヨーロッパ中から人々がアメリカに逃れようとする。直行便はない。人々はパリ→マルセイユ→オラン→カサブランカリスボンアメリカというルートを辿る。だが、カサブランカからリスボンへ行くのは容易ではない。飛行機の席数は限られているし、ビザを確実に手に入れるには警察署長や闇の商人から高値で買うしかない。

 偶然にも、ハンフリー・ボガートは二人分のビザを手に入れる。といっても、彼の経営する酒場は繁盛しているし、彼はアメリカから追放された人間だからそれを使う理由はない。なんならいわくつきだからさっさと処分したい。そこに現れたのがイングリッド・バーグマンとその夫。彼らは地下組織のリーダーであり、ナチスの影響下にあるカサブランカに長居はできない。

 ボガートはビザをどう使うかで三人の運命を決定することができるというわけだ。だが、夫婦は互いに深く愛し合っているし、夫をナチスに引き渡すことはファシズムに加担することになる。己の欲望を取るか、それとも別の何かを取るか、彼は選択を迫られる。

 

 10年以上前に『カサブランカ』を観た時は「よく分からんかった」という感想しか浮かばなかったが、今観たら分からないことなど何もないし、めちゃくちゃ面白かった。昔観た映画を見返すのも乙なものですね。