たぬきのためふんば

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アメリカ映画ベスト100制覇への道:その53 大統領の陰謀

 ワシントン・ポストの新入社員が、民主党本部への不法侵入事件にニクソン大統領が関わっていることに勘付く。

 

 『大統領の陰謀』は1976年の映画。監督はアラン・J・パクラ。脚本はウィリアム・ゴールドマン。主演はロバート・レッドフォードダスティン・ホフマン。撮影は『ゴッドファーザー』シリーズ、『アニー・ホール』のゴードン・ウィリス

 

 『大統領の陰謀』はウォーターゲート事件の真相をワシントン・ポストの記者が掴むまでの物語だ。ウォーターゲート事件ニクソン大統領が民主党本部を盗聴したことがバレたという事件。ニクソンアメリカ史上初めて任期途中で辞任することになる。

 ……という教科書的な説明を読む分には簡単だが、当事者目線からすればそう簡単にはこういう事件の真相は明るみにならない。いったいどうやって大統領の悪事は暴かれたのか? これを見せてくれるのが『大統領の陰謀』だ。

 ちなみにウォーターゲート事件の発端となった、民主党本部に5人の男が不法侵入した事件は1972年の出来事で、ニクソン大統領の関与が明らかになったのは1974年。1976年公開のスピード感がいかほどかが分かる。さらにちなむと、ニクソン大統領は共和党で、政権下の大きな出来事はベトナム戦争終結沖縄返還あたりか。沖縄返還ってつい最近の出来事なんだなあ……。

 同じ社会派映画として『チャイナタウン』に近い雰囲気があるが、それでもフィクションだった『チャイナタウン』に比べると実話ベースの『大統領の陰謀』はかなり地味だ。水流に流されることもないし、馬に追いかけられることもない。ほぼずっとオフィスで電話をかけたり、関係者に取材をしているだけ。エンタメ要素に乏しい。それでも面白いのは、リアリティ(というか現実で起きたことであるという認識)の賜物か。

 

 発端となった事件はこうだ。民主党本部に5人の男が不法侵入した。盗聴器を仕掛けにいったのである。自動ロックが機能しないようにドアに貼ったテープを警備員が発見し、通報。男たちは警察に逮捕される。

 ニクソン大統領がこの5人の男に指示をした、というシンプルな構図ならば分かりやすいが、現実はもっと複雑だ。現場はだいたい下請けの下請けだったりするし、トップがそういう発注作業を行ったりはしない。

 それを外から辿っていく、しかも主な証拠は関係者の証言、となると、ますますもって分かりづらくなる。

 というわけで、『大統領の陰謀』は全体像の把握がかなり難しい映画になっている。ここは備忘録がてら、私が理解した流れを書いていきたい。

 5人の男たちの中に元CIAの人物がいる。彼らの持ち物から、ハワード・ハントという人物との繋がりが判明する。ホワイトハウスに電話をしてみると、ハントはニクソンの特別顧問であるコルソンの事務所で働いていることが分かった。ハントはニクソンのライバルになりうるケネディのことを調べていたらしい。

 ハントがどんな資料を読んでいたのか、手がかりを得ようとするが、証拠は全て隠滅されていて調査は行き詰まる。

 そこで別ルートから辿ることにする。5人の実行犯の一人、バーカーに金を供与した人物がいることが分かる。その人物ダールバーグに話を聞くと、彼はニクソン再選委員会の中西部の財務委員長で、小切手は本部のスタンズに渡したのだという。どうやら再選委員会が怪しそうだ。

 再選委員会のメンバーの名簿を手に入れ、全員にしらみつぶしに当たっていく。皆が口を固く閉ざす中、ようやく証言を引き出すことに成功する。経理主任で首を切られたスローンに取材をした結果、前司法長官のミッチェルが関わっていることが分かった。

 とはいえ、まだ金の流れが分かっただけで、その目的が定かではない。そこで、過去、選挙妨害に関与していた人物セグレティに取材を試みる。ニクソンの秘書であるチェーピンがセグレティに指示をしていたことが明らかになる。ではチェーピンに指示を与えたのは誰だったのか? ここでホールドマンの名前が浮上する。ホールドマンは政界第二位の人物である。

 主人公たちはホールドマンが黒幕と考えて問題ないか関係者に確認を取っていく。これは間違いない!と確信するのだが、証言が翻され、関係者から強い否定を受ける。政権からも世間からも非難されるワシントン・ポスト。矢面に立つのは記者ではなく、責任者である主幹だ。

 が、やっぱりホールドマンは黒だったこと、そしてCIAやらFBIやら、もうみんながみんな黒であることが分かる。命が危ない。

 急いで、家でバスローブを着てくつろいでいた主幹を外に連れ出して報告すると、「お前たち疲れたろ。家に帰って風呂入れ。15分休んだら、仕事に戻れ!」と主幹は叱咤激励する。

 命よりも大事なのは報道の自由だぜ!というところで映画は終わる。

 

 これらの調査をどうやって進めるのかというと、基本的には関係者への取材である。誰が関係者なのか、その関係者の連絡先、これらも取材(か電話帳)によって分かる。したがって、事件の究明に必要なのは

  • とりあえず電話・訪問してみる度胸
  • 何度断られてもトライする胆力
  • 相手から言質を引き出す話術

ということになるか。『大統領の陰謀』を見ていると、情報収集力の正体が見えてきて、「地道に頑張ればなんでもできそう」と感じられる。

 もちろん、実際には一般人にこの取材は不可能だ。取材先がわりと証言してくれるのはワシントン・ポストというブランドと発信力があってのものだろうし、新聞社という重要人物とのコネクションを持っている人間たちのネットワークが取材を円滑に進めている。さらに言えば、主人公たちが調査をしている間、他の記者たちが紙面を埋めて日銭を稼いでくれる仕組みも重要だ。逆に言えば、新聞社ならではの強みというのは、そこらへんまでが限界とも言える(他にもあるかもしれないけど)。

 実は世の中の仕事の大半は、こんな感じで、誰にでもできることとちょっとした(?)秘訣で成り立っている。だけど、それは普段、一般人にとってブラックボックスになっている。ブラックボックスの中身をちょい見せすることが、映画の面白さになる。

 そう、『大統領の陰謀』は、ウォーターゲート事件と新聞社という二つのブラックボックスの中身を明らかにすることを試みた作品なのである。