たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

アメリカ映画ベスト100制覇への道:その45 卒業

 大学を卒業したての童貞が、父親のビジネスパートナーの妻に誘惑される。

 

 『卒業』は1967年の映画。監督は『バージニア・ウルフなんかこわくない』のマイク・ニコルズ。脚本はバック・ヘンリーカルダー・ウィリンガム。主演はダスティン・ホフマンキャサリン・ロスアン・バンクロフト

 名優ダスティン・ホフマンの映画デビュー作……ではないが、デビューした年の初主演作品。

 

 『俺たちに明日はない』と同じく、『卒業』もアメリカン・ニューシネマの先陣を切った作品だ。

 話の構造もかなり近い。ダスティン・ホフマン演じるベンジャミンは、セックスレスを倦んだ人妻(ミセス・ロビンソン)に誘惑される。道を踏み外したベンジャミンは、誰にも頼ることができず堕落していく。

結婚式ぶち壊しと略奪愛は伝統芸

 結婚式で花嫁をかっさらうといえば、この映画である。「いやでもね、この映画のラストはハッピーエンドじゃなくて、カップルが神妙な顔して終わるんだよ」なんてのも定番の話題だ。

 だが、そもそも結婚式をぶち壊すこと自体は、ハリウッドの伝統芸と言っても過言ではない。『卒業』に近いシチュエーションの映画としては『或る夜の出来事』があるし、その他にも『フィラデルフィア物語』や結婚式前夜まで含めれば『赤ちゃん教育』もある。

 以前も書いたが、結婚のタイミングが近づけば近づくだけサスペンスは高まる。『或る夜の出来事』はまさに宣誓の直前に花嫁が翻意するのだが、『卒業』はそのさらに一歩先を行っている。花嫁はすでに宣誓もキスも済ませた、その直後に元カレの元へ走るのだ。

 不道徳の度合いが一層高まるわけだが、ベンジャミンの恋は最初から不道徳なものだったから違和感はない。とはいえ、不倫や浮気もまたハリウッドの伝統芸だ。それこそ『或る夜の出来事』は婚約者がいるのにクラーク・ゲーブルと恋をしてしまうわけだし。

若者が主人公

 『卒業』はこれまでの映画と何が違うのか? 一つはベンジャミンという主人公にある。彼は自立していない若者だ。これまで観てきたハリウッド映画の主人公はほぼ全員(例外は『ウエスト・サイド物語』だけ)が自立した大人だった。ここに来て初めて、モラトリアム真っ只中の主人公が登場したのである。

初めてのキスはタバコのflavorがした

 対するヒロインその1は、おばさんである。美人ではあるが、美魔女というほどではない。主人公と並べれば誰が見たって親子ほどの年の差があるように見える(といってもダスティン・ホフマンアン・バンクロフトは6歳差なのだが)。それでも肩に残る日焼け跡*1ヒョウ柄の下着と乳首を見せられたら興奮せずにはいられないのが男ってもんだ。

 主人公は社長の息子なのだが、その会社の共同経営者の妻が彼女なのである。関係がばれたら、親父のビジネスは、家族は、いったいどうなってしまうのか……? それでもベンジャミンは中年女性の性欲に骨抜きにされていく。

恋の乗り換え手数料は高かった

 この不釣り合いな恋は惨めに終わる。ベンジャミンは彼女の娘に乗り換えるのである。コミュニケーションを取ろうとしないミセス・ロビンソンと若くてうぶなエレインならば後者に惹かれるのはいたしかたないことであろう。

 これもそれまでのハリウッド映画では見られなかった。『フィラデルフィア物語』は三角関係を描いていたが、選ぶのはヒロインだった。「男が女を選ぶ」をやったのはこれまでの45作品で初である(強いて言えば『サンセット大通り』があるか)。

 が、嫉妬に燃えるミセス・ロビンソンの復讐により、ベンジャミンのセカンドラブは一日で終わりを迎える。(これでベンジャミンとミセス・ロビンソンの関係を早々に決着させているのが上手いところだ。)ベンジャミンが母をレイプしたと信じているエレインは彼を蛇蝎のごとく嫌悪する。

失楽園

 ベンジャミンはストーカーと化す。「エレインと結婚する」と宣言して家を出る。エレインの大学の近くにアパートを借り、エレインにつきまとう。奇跡的に誤解を解くことに成功はするが、女心は秋の空。エレインは彼氏と結婚すると言う。

 やたら騒ぎを起こすのでアパートから追い出されるベンジャミン。彼もまたどこにも寄る辺がないのだ。彼は親が買ってくれたアルファロメオを走らせる。ロビンソン家に侵入して警察に通報される。ガソリンが尽きた車を捨て、自らの足で式場まで走る。部屋を追い出されるのがやたら遅いが、『卒業』もロードムービーだった。

 式場に乗り込み「エレーン!」と叫ぶベンジャミン。大立ち回りをして駆け落ちする二人。恋は成就したが、これまでの映画のように当事者以外の理解者はおらず、職歴もない。彼らのモラトリアムはここに終わりを迎えるのである。

*1:日焼け跡とは日焼けした場所のことなのか日焼けしなかった場所のことなのか