たぬきのためふんば

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『グッドフェローズ』 ヤクザ映画とはお仕事映画である。

アメリカ映画ベスト100制覇への道:その24 グッドフェローズ

 社会のルールに縛られない生き方に憧れてマフィアになったヘンリー・ヒルは、組織のルールを破りマフィアの世界から足を洗うこととなる。

 

 『グッドフェローズ』は1990年の映画。監督はマーティン・スコセッシ。主演はレイ・リオッタで、助演にロバート・デニーロ

 

 ヤクザ映画とは、お仕事映画である。浮世離れした仕事ぶりと生活ぶりが銀幕映えするというだけで、結局のところ食い扶持を稼ぐために組織に所属している点においてヤクザは普通のサラリーマンとなんら変わることがない。

 就職には二つのパターンがある。夢だった仕事に就くか、夢ではなかった仕事に就くかだ。グッドフェローズ』は前者の物語だ。ヘンリー・ヒルは父親に反対されながらもマフィアの世界に足を突っ込んでいく。お笑い芸人やらバンドやら、夢を追って上京する若者の物語というわけである。前者では夢と現実の違いへの失望が、後者では思いがけぬ楽しみの発見が描かれるのが定石のような気がする。

 会社はそれぞれ企業文化を持っているものだ。組織の一員となるということは、企業文化に染まるということでもある。業界用語を使いこなせるようになるだとか、ユニフォームを着るだとか、標語を唱えたり、社歌を歌ったり、色々ある。また、厳しいセレクションや通過儀礼も、強固な組織作りに寄与する場合がある。

 ヘンリー・ヒルは図らずもしょっぴかれてしまったことで、マフィアたちに真の仲間として認識されるようになる。その時に、伝説的な人物であるジミーから二つの教えを授かる。「仲間を売るな」と「決して口を割るな」だ。

 サラリーマンには報酬が与えられなければならない。マフィアの構成員にとってそれは堅気ではありえない高待遇である。ヘンリー・ヒルの場合、小学生の頃から収入を得ていたし、10年後には、レストランに行けば特別な入り口があり特別に席を用意してもらえるようになっていた。マフィアは列に並ぶ必要がないのだ。

 会社員が会社に期待するのは給与だけとは限らない。充実した福利厚生も重要だと一般には思われている。普通の会社員だと保養施設を格安で利用できるとかなんとかがあるかもしれないが、マフィアにとっての保養施設は刑務所である。うっかり捕まったとしても、そこでは外と変わらない美味しい食事が待っている。

 マフィアだって人間なので、ライフステージというものがある。いずれヘンリーも恋をし、結婚をする。文化の違う人間同士がともに生きるのだから、互いの文化に馴染んでいく必要があるし、そこですれ違いが生じることもある。仕事のせいで夫婦関係が冷え込むこともあるし、別の女性に逃避してしまうこともある。

 会社員には人付き合いがある。特にガラの悪い同僚には注意が必要だ。マフィアともなると誤った発言は死に繋がりかねない。そいつの尻拭いをしなければならないときもある。末端の社員への影響力は、社長よりも所属しているグループの人間関係の方が強くなりがちだ。そちらへの忠誠が会社への裏切りである場合もある。そして、ヤクザな同僚に限ってどんどん出世していったりもする。

 大きな仕事はやりがいもあるが大変なことも多い。大きな金が動くほど責任は重くなるし、対抗馬も強力になる。それに、利益を誰にどれだけ配分するかという問題も深刻になっていく。

 たいていの会社員は一生を会社員として過ごさない。いつか退社する時がくる。定年を迎えるか、自己都合退職するか、クビになるか。会社に求められなくなったとき、または会社にいる利益がなくなったとき、人は会社を去る。「仲間」という言葉で飾ろうが、結局、縁の切れ目は金の切れ目なのである。

 ヘンリーは「ドラッグに手を出してはいけない」という会社のルールを破っていた。簡単に大金をゲットできる仕事があるのに、社長の誤った経営判断のせいでそこから手を引くことなど考えられようか?(まあ普通の会社員なら手を引くが、彼らは社会のルールに従わない組織のエリートだ。掟破りにビビったりはしない。)結局、悪事が警察にバレてヘンリーは解雇される。マフィアの世界での解雇は死を意味する。ヘンリーは自分を守るために上司を売ることにする。会社を成功させるためのシステムが会社を破滅に導くこともあるのだ。

 無事に退社に成功したヘンリー・ヒル。彼の長い長い隠居生活が始まる。刺激的な会社員生活に比べると、それはなんとも退屈なものだった。

 

 たとえばNetflixの『ナルコス』は世界トップクラスのマフィアのボスの話だった。いうなれば世界一の企業を創業した男の物語が『ナルコス』だった。『ゴッドファーザー』は二代目社長の物語だし、『仁義なき戦い』は企業間競争の話だった(あまり覚えてないけどたぶんそう)。ヤクザ映画とは、お仕事映画なのである。いやむしろお仕事映画とはヤクザ映画なのだとさえ言えそうな勢いである

 グッドフェローズ』はそこそこの大企業でサラリーマンとして働いた男の物語だ。多くの人がより親近感を抱きながら見られるに違いない。しかも、サラリーマンの一生をこれほど面白く描いた映画にはそうそう出会えないだろう。なんたってたいていのお仕事ドラマは、仕事のやりがいにフォーカスするのがもっぱらで、退社までは描かないのが常だ。だが、一つの仕事に固執することが良いことだとは限らない。ブラック企業からは抜け出したほうがいいし、「仕事にうんざりしているのはいつだってお前のせいだ」なんて誰に言えようか? 新しい人生を選んだっていいのだ。たとえそのせいで他人に迷惑がかかるとしても。

 というわけで、くたびれたサラリーマンにおすすめしたい映画、それが『グッドフェローズ』だ。