たぬきのためふんば

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『怒りの葡萄』にロードムービーの本質を見た気がする

アメリカ映画ベスト100制覇への道:その8 怒りの葡萄

 『怒りの葡萄』は1939年に出版されたスタイン・ベックの原作を早くも翌年に映画化した作品だ。監督はジョン・フォードアカデミー賞監督賞受賞)、主演はヘンリー・フォンダ、ヒロインはジョーン・ダーウェル(アカデミー賞助演女優賞受賞)。

 この映画は、砂嵐と農業の機械化でオクラホマの土地を追われた一家が職を求めてトラックに乗りカリフォルニアを目指す話だ。

 地獄のようなオクラホマから楽園を目指して旅をする一家。しかし、カリフォルニアは本当に楽園なのか? 職にあぶれた人間が都市に集中すれば、当然、人口過密状態が発生する。溢れた流民は疎んじられる。一家はカリフォルニアでも居場所が見つからないまま、ガソリンと金は減っていく……。

 この映画に悪者は出てこない。オクラホマから一家を追い出す業者は、自ら望んでそうしているわけではなく、貧困の中でなんとか生き残る道を見つけた者たちでしかない。もちろんその裏には地主がいて銀行がいるわけだが、そこに悪い心を持った何者かを見出すことはできるだろうか? あるいは、銀行が出資せず、地主が一家を追い出そうとしなければ、一家は何不自由なく暮らしていくことができていたのだろうか? そうとは限らない。それに、主人公たちの一家は先祖の代からオクラホマで農業を営んできたと言っているが、ほんの数世代前にその土地は誰のものであったのか?を想像すれば、彼らもまた加害者側とみなすことも可能なのだ。

 結局のところ、一家の旅路は地理的要因も含めた社会構造が導く必然であったのだろう。この社会構造を描いているところが『怒りの葡萄』の魅力ではないだろうか。『怒りの葡萄』にはキラキラした銀幕世界とは正反対の世界が広がっているが、ただの不運な個人の悲劇を描いているわけでもない。

 また、『怒りの葡萄』の八方塞がり感は、『タクシー・ドライバー』に通ずるものがある。ただし、『怒りの葡萄』は逆境に鍛えられる民草の強さを宣言するとともに団結に希望を見出すような終わり方だし、その根底にはこれが一家の物語であったことがあるはずだ。一方で、『タクシー・ドライバー』のトラヴィスは食い扶持こそあるものの孤独で、それゆえに凶行に及んでしまう。両者の間にあるものは何なのだろうか? 共産主義の失敗か、家族の解体か、はたまた別のなにかか? 私には分からないが、『怒りの葡萄』の先に待っていた現実が『タクシー・ドライバー』であるような気がして、少し悲哀を感じてしまう。

 『怒りの葡萄』はかなり初期のロードムービーだ。『怒りの葡萄』の場合、流民をモチーフにしているからロードムービーになることは必然であった。主人公たちは旅の中で様々なことを経験し、精神的にもスタート地点とは違うところへたどりつくことになる。まさに典型的ロードムービー

 だが、『怒りの葡萄』を観ると、ロードムービーの本質は「居場所のなさ」なのではないか?と思わされる。出エジプト記だって、エジプトで滅ぼされようとしているイスラエル人の物語だった。『グリーンブック』や『すずめの戸締まり』だって、居場所がないと思っている人々が主役だった。居場所がないからこそ、同乗者が心の寄辺になる。ロードムービーとバディものの親和性が高いのはそのためだ。

 すべての物語は心の旅であるはずで、だとすれば心の旅を描くためにロードムービーという形式を選ぶ理由はどこにもない(さもなければすべての物語がロードムービーでなければならない)。また、「バディものを描きたい」が発端の場合にロードムービーという形式を選ぶ必然性もない。しかし、ロードムービーの本質が居場所のなさだとすれば、ロードムービーという形式が意味を帯びてくる。そして、居場所のなさを徹底的に描いているのが『怒りの葡萄』なのだ。

 というわけで、ロードムービーは居場所のなさを描いている!」「孤独を描きたければロードムービーをやれ!」という仮説を立ててみたいと思う。この仮説が正しいかどうかは、たぶん今後のベスト100制覇への道のりの中で示されるだろう。

 (ちなみに、「それならばなぜ『タクシー・ドライバー』はロードムービーでないのか?」という疑問が浮かぶが、『タクシー・ドライバー』の主眼にニューヨークという街を描くことがあったからではないだろうか。いや、そもそもふらふらと街をさまよう『タクシー・ドライバー』はロードムービー的側面がなきにしもあらずという見方もできる。(まあそんなこと言ったらなんでもありじゃんという感じはあるが……。(いやでも『タクシー・ドライバー』をロードムービーとして見るってなかなか面白い切り口な気がするなあ。(数年前、私もなかなか心休まる散髪屋が見つからなくて、色々な店を転々としていたことがある。あれはまさにロードムービーだった。))))