たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

サラリーマンのための外国税額控除講座 ~インデックス投資をするなら米国株投資はしない方がいいかもしれない~

 私は米国株投資をしている。

 理由としては、次のようなことが考えられる。

  • 米国株のほうが日本株より簡単に魅力的な株が見つかる。
  • 特定のETFは取引手数料が無料。(SBI証券の場合)
  • 日本の投信よりもバンガードあたりのETFの方が経費率が低い。
  • なんとなく。

 私が米国株を買い始めたのはコロナ禍前で、とりあえずGAFAMを買っとけば簡単にプラスになるような状況だった。とはいえ、『ウォール街のランダムウォーカー』を読んだあたりから個別株は買わなくなって、今では何も考えずにVOOあたりのETFを積み立て続けているだけ。なので、現状としては下三つが最も大きな理由となっている。

 より一般的に外国株投資の魅力がどう説かれているかを見たければ下のリンクに飛んでみるといい。

外国株式・海外ETF|SBI証券

 ところが、今年の確定申告を済ませた私は考えた。

「本当に米国株投資をしていていいのだろうか?」

 いつもなら「ま、いっか!」で済ませるのだが、今年はちょっと踏み込んで考えてみたので、その成果を下に書いてみたい。

外国株投資の問題点

 外国株投資には考えなければならない二つの問題がある。一つは為替の問題アメリカ株であれば当然ドル建てで買うわけだから、株式の値動きだけでなく、円安か円高かということが利益を大きく左右する。この複雑性から、株式投資の指南書では、初心者の頃は外国株投資を避けるように書かれていることもある。が、この点については語れることは何もないので今日は特に触れない。

 もう一つの大きな問題が、二重課税の問題だ。為替の影響はプラスになることもあるが、二重課税はマイナスしかもたらさない。そのマイナスは景気とは無関係に一定の割合で発生する。こちらの方がより重要な問題だと考えてもいい。(そのわりにはあまり取り上げられることが少ない。)

二重課税とは

 米国株式(ETF含む。)から受け取る配当は二重課税を受ける。*1

 二重課税とはどういうことか。たとえば、S&P500連動型のETFであるVOOをあなたが持っているとしよう。それによって配当を受けると、まず米国で配当額に対して10%の税率で(米国の)所得税源泉徴収される。そして、残り90%があなたの口座に振り込まれる……前に、その90%に対して、20.315%の税率で(日本の)所得税等が源泉徴収される。したがって、あなたの懐に入るのは、配当の71.7165%となる。

 それに対して、日本株(投信含む。以下同じ。)であれば、当然アメリカからの源泉徴収はない。日本から20.315%の源泉徴収がなされるだけだから、あなたの懐に入るのは79.685%になるわけだ。

 一つの配当に対して、アメリカからも日本からも所得税を徴収されてしまう。これが外国株式投資における二重課税だ。そして、二重課税のせいで、同じ額の配当がある場合、米国株式は国内株式より10%も手取りが減ってしまうのである。

 ちなみに、「NISAを使えばいいじゃーん♪」と思ったそこのあなた。NISAではアメリカに源泉徴収される税金は非課税にならない。NISAは日本の制度だからアメリカ様がそれに配慮して非課税にしてくれるなんてことはありえない。少なくとも今のところは。

国税額控除について

 とはいえ、一つの所得に対して二つの国で税金が課されるなんて理不尽である。日本国はこの理不尽を解消するために国税額控除という素敵な制度を用意してくれている。

 しかし、この外国税額控除はやたら分かりにくいうえに、不完全な*2制度となっている。以下では、なるべく分かりやすく外国税額控除について説明した上で、米国株投資の問題点を考えてみたい。

外国に払った税金の分だけ所得税が安くなる!

 外国税額控除を理解するにあたって、まずは「外国に払った税額分だけ日本の所得税の額を下げてくれるのが外国税額控除」だと理解しよう。もっと簡単に言えば、「確定申告するとアメリカに源泉徴収された税金が帰ってくる!」ってことだ。

 たとえば、あなたが1000万円の所得を申告して、50万円の所得税を払わなければならないとしよう*3。そのうち100万円が外国株式の配当所得で、5万円の税金を外国に収めているとする。この場合、「外国に5万円の税金を払っているから、日本に収める所得税は5万円を引いた45万円でいいよ!」というのが外国税額控除である。もし外国税額控除がなければ、あなたの負担は日本に収める50万円と外国に徴収された5万円の合計55万円だった。外国税額控除のおかげであなたの負担は50万円ですむ。外国税額控除バンザイ!

 ちなみに、外国税額控除は確定申告の中で申告できる。米国株投資をしていて確定申告をしない手はない。

安くなるのにも限度がある

 ところが、現実はこうシンプルにはいかない。国税額控除には限度額が設定されているのだ。上の例で言えば、外国に5万円の税金を払ったからといって、日本で5万円分まるごと差っ引いてくれるとは限らないのである。

 問題は、限度額がどのように算定されるのかだ。方向性としては、あなたが納めるべき税金のうち、外国の所得にかかる分を限度とするようになっている。

 ここで一旦、税金の話を離れて、割り勘について考えてみよう。白石さんと西野さんは、8000円のピザを一枚注文した。ピザは8等分されていて、白石さんは6切れ、西野さんは2切れ食べた。もし食べた量に応じて代金を払うとすると、白石さんと西野さんはそれぞれいくら払うのが妥当であろうか? 普通に考えれば、白石さんは8切れ中6切れを食べたのだから、8000円×6/8で6000円、西野さんは2000円支払えばよい。

 外国税額控除も同じような考え方で制度設計がなされている。

 具体的には、外国税額控除の限度額は下記のような計算式で算出される。

限度額=所得税額×(国外所得/所得総額) ……A

 白石さんと西野さんの話に対応させると、ピザ一枚が所得総額。所得税額はピザ一枚の代金だ。そして国外所得は白石さんが食べたピザの量、限度額は白石さんが払うべき金額となる。

 つまり、あなたが納めなければならない所得税額のうち、所得総額のうちに占める国外所得の割合の分が、国外所得に対して日本でかかる所得税だというわけだ。

 なるほど! こりゃ分かりやすい! なっとくなっとく!

 ……というわけにはいかない。

かなりの割合の人が満額は戻ってこない

 計算式Aを因数分解してみよう。

限度額所得税額×(国外所得/所得総額)

={(所得総額-所得控除額)×税率}×(国外所得/所得総額)

=所得総額×税率×(国外所得/所得総額)-所得控除額×税率×(国外所得/所得総額)

国外所得×税率-所得控除額×税率×(国外所得/所得総額) ……B*4

 ここで一旦止める。

 考えてみていただきたい。あなたが米国株式の配当を受け取るときに差し引かれる税額(源泉徴収税額)はどのように計算されているかを。

源泉徴収税額=配当額×税率 ……C

 このような式によって計算されているのではないだろうか?(されているのだ。)

 ただし、注意しておかねばならないのが、式Cでの税率は外国の税率で、式Bの税率は日本での税率だということ。以下では、日本での税率を税率J、外国での税率を税率Fと書くことにする。

 ここで問題になるのは、

国外所得×税率J-所得控除額×税率×(国外所得/所得総額)<配当額×税率F ……D

の関係が成り立つときだ。この式は、外国税額控除限度額を外国税額が上回ることを意味している。つまり、外国に源泉徴収された税金が満額戻ってこない状況を表している。

 さて、税率J≦税率Fであるとき、必ず式Dが成り立つことはおわかりだろうか?*5 「所得控除額×税率×(国外所得/所得総額)」が0以下になることはありえない。だから、「国外所得×税率J≦配当額×税率F」すなわち「税率J≦税率F」のとき、式Dの左辺は右辺を必ず下回る。

米国の配当所得に対する税率

 では、税率Fはどのような値なのだろうか? 米国株式の場合は10%が基本となっている*6

日本の配当所得に対する税率

 一方、税率Jはどうかというと、「課税される所得金額」が1,949,000円までは5%、1,950,000円~3,299,000円の間は10%、3,300,000円~6,949,000円の間は20%の税率で課される。

 ここでポイントは二つ。

  • 「課税される所得金額」は所得から所得控除を差し引いた後の金額である。
  • 日本では累進課税が採用されている。

 たとえば、所得330万円は給与収入に直すと4,675,000円である。こんなに給与収入をもらっていないという人も多かろうと思うが、仮に4,675,000円の給与収入があったとしても20%の税率は課されない。なぜならば、所得から少なくとも基礎控除480,000円と社会保険料控除(年金の掛け金や健康保険料など)を差し引くことができるからだ。特に社会保険料控除は大きい。仮に社会保険料控除が給与所得の20%ぐらいになると仮定すると、「課税される所得金額」が330万円に達するには、所得は4,125,000円に達しないといけない。給与収入に直すと、だいたい570万円である。

 では給与収入で570万円をもらっていれば、税率Jが10%を超えると考えてよいのかというとそうではない。日本では累進課税が採用されているからである。仮に「課税される所得金額」が330万円であったとしても、そのうち194.9万円に5%、130万円に10%の税率をかけるのであって、20%の税率がかけられるのは1000円分にしかならない。したがって、所得税額を「課税される所得金額」で割った率(すなわち税率J)はやはり10%を超えないのである。

 なのでサラリーマンの場合、給与収入が600万円は優に超えていないと、外国税額控除限度額が実際に支払った外国税額を上回ることはほぼない(と思う)。それは二重課税を完全には解消できていないことを意味するから、日本の全く同じパフォーマンスの銘柄に投資したときよりも損するということである。

パフォーマンスの差を考える

 日本に全く同じパフォーマンスの銘柄などあるのか?という問題がここに浮上する。もしそんな銘柄が存在せず、かつ外国税額控除の不利を補える程のパフォーマンスの差があれば、外国税額控除の物足りなさに関わらず、米国株投資をする価値があるといえる。

 ここで米国ETFの代表であるVOO(S&P500に連動する)の経費率を見てみると0.03%である。一方、日本で最も信託報酬が安い部類のSBI・V・S&P500(S&P500に連動する)は0.0938%である。S&P500に連動する銘柄に関して言えば、日本にVOOを超えるパフォーマンスを発揮する銘柄は存在しないといっても良さそうだ。

 これらは資産の額に対してかかる費用である。たとえば、1000万円の資産に対して一年で、VOOでは3000円、SBI・V・S&P500では9380円が資産から引かれている。6380円分のパフォーマンスの差が存在する。この差はなかなか大きく見える。

 ここで改めて、二重課税によってどれほどの損が発生するのか考えてみよう。米国株に対しては、米国から10%の源泉徴収され、源泉徴収後の配当に対して日本国から約20%が源泉徴収される。確定申告する場合、後者は再計算されるので、結局は日本株の配当に比べると10%余計に徴収されることになる。

 たとえば、資産が1000万円で、これの配当利回りが1.5%だとすると15万円の配当が発生する。この場合、1万5千円分だけ損することになる。ただし、外国税額控除を受ければ損はもう少し減ることになる。

 これを抽象化すると次のようになる。

  1. 資産額×(経費率の差)
  2. 資産額×配当利回り×10%×不控除率

 1>2ならば、パフォーマンスの有利性が二重課税の不利を上回ることになる。もっと簡単に言えば、外国株投資のしがいが出てくる。

 経費率の差が0.06%である場合、配当利回りが0.6%を下回れば、1>2となる。そうでない場合は、外国税額控除で、外国に納めた税金がどれだけ戻ってくるかにかかってくる。VOOの配当利回りがおよそ1.5%とすると、外国税額控除で外国に納めた税金の60%は戻ってこないと、日本株に投資した方がよいことになりそうだ。

国税額控除限度額は外国税額に対してどのくらいの割合になるか?

 ここで再び新たな問題が浮上する。外国税額控除で、外国税額の満額が戻ってこないにしても、どれくらいの割合が戻ってくるのだろうか?

 再び式Bに立ち返って因数分解を続けてみよう。

控除限度額

=国外所得×税率-所得控除額×税率×(国外所得/所得総額)

=国外所得×税率×(1-所得控除額/所得総額)

ここで外国税額=国外所得×10%なので

控除限度額/外国税額=税率/10%×(1-所得控除額/所得総額)

 つまりだ、税率Jの10%に対する割合所得総額に対する所得控除額の割合でどれだけ外国税額控除を受けられるかが決まってくる。所得控除額の割合が低いほど外国税額控除を多く受けられるようになる。

 たとえば、税率*7が10%で所得総額の3分の1だけ所得控除額があるとする。この場合、実際の外国税額に3分の2をかけた額だけ外国税額控除が受けられる。

結論

 ぐだぐだとややこしいことを書いてきた。一旦、話を整理してみると、米国株投資をすべきか否かを検討する際に考慮すべき要素は以下のようになる。

  1. 日本において、「課税される所得金額」に対して何%の税金を納めるのか
  2. 所得総額に対して、所得控除額はどのくらいの割合の数字になるのか
  3. 類似する日本株との経費率の差がいくらか
  4. 配当利回り

 1と2に関しては、人によって条件が異なる。結局、米国株投資をした方がいいのかどうかというのは一概にいえない。

 ただ、所得の大半が給与で、インデックス(特にS&P500連動の)投資を志向している人に焦点を絞れば、以下のいずれかの条件を満たさないかぎりは米国市場には投資しない方がよさそうな気がする

  • 給与収入が600万円を超えている。
  • お目当ての銘柄に類似したものが日本市場にない。

 これは私が考えたことで、私が外国税額控除について正しく理解していない可能性は十分にあるし、他の考慮すべき要素を考慮しきれていない可能性も多分にある。したがって、ここに書いたことはあくまで参考にとどめていただいて、信じないでいただきたい*8

 正確なことを知りたければ国税庁(税務署)に聞くのが一番いい。(聞いた話を理解できるかは別の話だが。)

www.nta.go.jp

 これだけ書けば分かると思うが、税金と投資の世界は極めて複雑だ。上に書いた話はこれでもだいぶ単純化している。そのうえ、未来の不確定要素に基づいて考えなければならない。

 何が最良の選択か、正解を選ぶのは極めて難しい。

 それならもう、ややこしいことを考えるのを放棄して、日本の投資信託から良いものを選んで投資してしまえ!というのも賢い選択かもしれない。その方が確定申告も楽だし。

 とりあえず私は、積み立てるのをVOOから日本の投信に切り替えようと思う。

*1:譲渡益に関しては米国で源泉徴収されることはないので二重課税の心配はない。他の国だとどうかは知らない。

*2:投資家目線から見て

*3:金額は適当に設定している。おそらく1000万円の所得がある人は普通もっとたくさんの税金を収める必要がある

*4:ここではかなり単純化している。実際には所得には分離課税の所得も含まれるし、税額控除後の金額が税額になるからもっと複雑になる。が、おそらく大多数の人はそこまで織り込まなくてよいのではなかろうか。

*5:ここでは国外所得は配当のみであると想定している。譲渡益はいつどれだけ発生するか分からないので考慮に入れるべきではないと思うからだ。

*6:バイオンテックのような非米国企業の株式の場合、この限りではない

*7:繰り返しになるが、これは税額を「課税される所得金額」で割った数字

*8:もし盛大に間違ったことを書いていることに気付かれたら御指摘いただきたい。