たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

岸田文雄内閣の金融所得課税について考えてみる

www.nikkei.com

 最近、このような報道がありました。

岸田文雄首相は4日の記者会見で、金融所得課税の見直しを検討する意向を示した。「選択肢の一つとして(自民党総裁選で)挙げさせてもらった」と述べた。一律20%の税率を引き上げて税収を増やし、中間層や低所得者に配分することなどを検討する。「新しい資本主義実現会議」を新設し、議論を進める考えを示した。

とのことです。


www.youtube.com

 件の記者会見とはおそらくこれではないかと思いますが、この記事を書きながら聞き流していたかぎりでは「増税」という具体的な言葉は聞こえてきませんでした。

 が、とりあえず見直し=増税という前提で話を進めていきたいと思います。

 

 ここでは、どのような見直しが行われる可能性があるのか?を素人なりに考え、それぞれのパターンについてどのような評価が可能かを素人なりに考えてみます。

 なお、株式投資をしている私は当然、反対の立場ではあります。というわけで、この記事はポジショントークにならざるを得ないことはあらかじめ明言しておきます。

パターン1 単純に税率を引き上げる

基礎知識

 まず、基礎知識をおさらいしましょう。

 株に関連する所得は主に二種類あります。

  • 上場株式譲渡所得(株を売ったことによる儲け)
  • 株式配当所得(会社からの配当による儲け)

 これらには分離課税で約20%の税率で所得税&住民税が課されます。配当所得については、総合課税で申告することもできて、その場合は累進課税になり5%からスタートし最大45%の所得税率になります(これに加えて住民税が約10%かかります)。

  • 上場株式譲渡所得 → 20%
  • 株式配当所得 → 20% or 15%~55%

分離課税の税率をアップさせるとどうなるか

 最もシンプルな増税の方法は、この20%をたとえば25%だとか30%だとかにすることです。ここでは仮に25%として話を進めてみましょう。

 この場合、日本株の株価下落が予想されます。なぜなら含み益が100万円の株を保有している場合に、増税前のタイミングで売却すれば税引き後利益80万円を獲得できるのに対し、増税後のタイミングではこれが75万円になります。増税後に80万円を獲得するには、106万6667円後まで含み益を高めなければならないわけです。そこまで株価が到達するか定かでないし、到達するとしてどのくらいの期間がかかるかも不確かであることを考えれば、とりあえず増税前に持っている株を処分してしまおうというのが合理的な判断になるのではないかと思います。

 自分は株式投資はしていないから株価が下がったとしても関係ない、と考える方もいるかもしれません。しかし、株価の下落は誰にとっても無関係な話ではありません。年金の安定性に関わってくるからです。積み立てられた年金はGPIFによって運用され、それが年金給付にあてられています*1

 年金の絡みで言えば、老後に備えて2000万円貯めようキャンペーンを財務省が張ろうとして失敗したことは記憶に新しいですが、年金の不安定性を目前にして国は国民に自分で投資することを奨励しているように私は感じています。NISAやiDeCoなどの制度が設けられていることからもそれが見て取れます。増税はこの流れと完全に逆行する試みです。

本当に株価は下落するのか?

 しかし、上に書いたことは机上の空論です。株価の動きは予想どおりにならないのが常。実際、過去に増税した時、どのように株価は推移したのでしょうか。

 直近での増税は下記から見ることができます。

利子・配当・株式譲渡益課税の沿革 : 財務省

  • 上場株式等の配当等(大口以外)に係る10%軽減税率[所得税7%、住民税3%]は、適用期限(平成25年末)をもって廃止

 この時は増税と言うより、軽減税率の廃止だったのですが、税率が上がる点は同じです。それまでの10%から20%へ倍増しています。とてつもないインパクトが予想されます。

 2013年末に軽減税率が廃止されたので、2014年前後の株価の推移を見れば、税率アップがどのような影響をもたらすかが分かります。日本取引所からTOPIXのグラフを引っ張ってきました。

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株価指数ヒストリカルグラフ -チャート | 日本取引所グループ

 なんと、予想に反して株価が上がっていますね。

 2013年(正確には2012年年末)から第二次安倍内閣が発足していますので、その期待感が税率倍増のインパクトを上回ったのかもしれません。また、2014年からNISAが開始されたようなので、その影響も大きいかもしれません。私が株式投資を始めたきっかけの一つもNISAでした。

 以上を考慮すると、増税=株価下落」という図式は必ずしも成り立たないようです。とはいえ、単純な税率アップをするのであれば、NISA枠の拡大くらいは欲しいところです(現行の120万円を200万円にするとか)。

 ちなみに、「株式等の譲渡所得等」の合計額は令和元年で約3兆円のようです。*2ということは、税率を1%上げるごとに300億円の税収増になりそうです。10%で3000億円。一見すると大きい金額ですが、一般会計歳出総額は100兆円を超えます。*3格差是正に向けた第一歩と捉えることはできなくもありませんが、それ以上のなにかになると期待はしないほうが良さそうです。

パターン2 上場株式譲渡所得を総合課税にする

 上の基礎知識に書いたように、上場株式譲渡所得については分離課税制度のみが用いられています。これを総合課税制度に切り替えるという手もありえます。他の所得と同じように、所得が増えるほど税率を上げるのです。

 この議論を理解するには、まず問題の背景を把握しておく必要があります。

問題の背景

 そもそも「金融所得課税を見直しちゃおっかな~」と思うに至る背景には何があるのでしょうか。

 所得税累進課税制度を取っているので、お金持ちになるほど税負担が増えます。ところが、現実には所得が1億円を超えると所得に対する負担割合が減少していくという現象が見られています*4。これが1億円の壁というやつです。これの原因が、金融資産にかかる税率の低さにあると見られています。

 若干、話はズレてしまうのですが、お金持ちのイメージをふくらませるために、具体例を見てみましょう。世界一のお金持ちはジェフ・ベゾスと言われています。その総資産は2021/10/7現在、1903億ドルと目されているようです。 

www.forbes.com 

 今日の時点でAmazon時価総額は1.63兆ドル。ジェフ・ベゾスの持ち分は10.1%。*5

 ということは、ジェフ・ベゾスの資産1903億ドルのうち、1630億ドルはアマゾンの株式だということになります。ジェフ・ベゾスはこれに加えてブルー・オリジン株(スペースXに追いつき追い越せなロケットの会社)も保有しています。

 対して、ジェフ・ベゾス役員報酬はどのくらいだったのでしょうか?

経営者の報酬が巨額な米国企業ランキング | 「米国会社四季報」で読み解くアメリカ優良企業 | 東洋経済オンライン | 社会をよくする経済ニュース

 こちらの記事によると、年間2億円弱のようです。我々一般庶民からすると莫大なお金ですが、資産20兆円に比べればカスみたいな金額です。ジェフ・ベゾスの富の源泉はアマゾン株なのです。

 というわけで、超大金持ちは給与ではなく、株式により富を得ているわけです(ソフトバンクグループの孫さんやファーストリテイリングの柳井さん、元ZOZOの前澤さんなども同様のはずです)。

総合課税の問題点

 閑話休題

 株式譲渡所得がどんなに大きくても税率が一定なのが問題の根源なら、株式譲渡所得を分離課税から総合課税に切り替えちゃえば問題解決じゃんという発想があります。たしかにそうかもしれません。

 しかし、これについては問題がないわけではない。そもそも、なぜ上場株式譲渡所得は分離課税なのでしょうか? それは株式譲渡所得が長い時間をかけて形成されるものだからです。

 たとえば、株式の含み益が5000万円あるとします。これを処分すれば5000万円の利益が得られます。「大金が得られてよかったねー」と普通の人は思います。「だから高い税率がかけられて当然だよね」と。しかし、もしこれが50年前に買った株を売らずに耐え続けて得られた5000万円だとしたらどうでしょうか。この株式がもたらした利益は一年あたり100万円にすぎません。給与収入200万円の人に45%の重税をかけるような税改正は誰の理解も得られないはずです。であるならば、株式譲渡所得が不労所得であることを踏まえたとしても、年100万円の所得に45%の税率で課税するのはあまりにアンバランスです。

 それでは購入からの年数を計算式に取り入れればいいのでは?という案もありえますが、管理が煩雑になるのでありえない選択肢だと思います。(長期短期というざっくりした区分にすることはありうるかも。)

 とはいえ、総合課税を取り入れている国もあるようではあります。*6アメリカでは分離課税と総合課税のミックス、ドイツ・フランスでは総合課税も選択可能という方式のようです。ドイツとフランスは選択式なので1億円の壁の打開策にはならなそう。アメリカは日本に比べるとだいぶ複雑な税制のようです。とりあえず、「分離課税だったものを総合課税にするよ~ん」で済む話ではなさそうです。 

もし仮に総合課税になったら

 そういうわけで、難しそうな総合課税案ですが、ありえない話ではないのでもし仮にそうなった場合について想像してみます。

 まず、良いことがあります。所得が少ない勢にとっては減税になります所得税率5%しか適用されない人の場合、住民税と合わせて15%の税率になるので5%の減税です。

 次に、長期保有より短期・中期保有の方が好まれるようになるかもしれません。なぜなら、買ってから何年も売らずにいてある年に1000万円の利益を得るより、買っては売り買っては売りを繰り返し十年連続で100万円の利益を得る方が税負担が軽いからです。そうなると取引量が増えるので、一番美味しい思いをするのは証券会社になるかもしれません。

 それから申告不要制度は使えなくなるので、投資のハードルは少し上がります。申告不要制度を利用して住民税非課税の地位などをゲットしていた人たちにも厳しい時代になります。

パターン3 配当所得を総合課税のみにする

 譲渡所得を総合課税にするのは難題ですが、配当所得を総合課税オンリーにする(分離課税を選択不可にする)のは特に不合理でもないし、格差是正に繋がります。低・中所得者は今までとなんら変わりません。

 損益通算ができなくなってしまうという懸念はあるかもしれませんが、本当にできなくなるかは疑問です。それに不動産の譲渡所得と不動産所得を損益通算できないことを考えれば、損益通算できないとしてもなんら問題ないという考え方もありえます。

 問題があるとすれば、問題の解決には繋がりそうにないということくらいです。というのも令和元年の「他の区分に該当しない所得者」の所得は約9兆円*7そのうち、「他の区分に該当しない所得者」の「株式等の譲渡所得等」の合計金額は3兆円弱。対して「配当所得等」は約4500億円にすぎないようです。

*8

※用語について

  • 他の区分に該当しない所得者:所得の中で最も割合の大きい所得が事業所得でも給与所得でも不動産所得でも雑所得でもない人
  • 配当所得等:総合課税、申告分離課税の別を問わない
  • 所得:合計所得(つまり扶養控除などの所得控除は関係ない)

まとめ

 簡単にまとめると下のような感じでしょうか。

  • 税率アップ → 株価下落が怖い! けど、やりようによっては下落回避は可能!
  • 譲渡所得の総合課税化 → これをやるなら制度がかなり大きく変わりそう!
  • 配当所得の総合課税一本化 → お茶を濁すだけ!

 私はこの記事を書くまでは、「配当所得の総合課税一本化が最も合理的である!税率アップは最悪だ!」と考えていたのですが、事実を積み上げてみると、どうもそう簡単ではなさそうです。もしかしたら、税率アップ&NISA枠拡大(あるいは別の優遇策)の方が良いということもあるかもしれません。

 そもそも、1億円の壁とやらが本当に問題なのか?問題であるにしてもそれほど優先度の高い問題なのか?という疑問が湧いてきました。

 まあ、一般庶民の私にできることといえば投票と株の売買くらいなもので、あとは自分にとって都合の良い結果になってくれることを祈るしかありません。