たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

『科学者たちが語る食欲』感想

 『科学者たちが語る食欲』を読んだ。

 本の内容を要約すれば、「人は食いたいものを食っていれば健康に生きられる」ということだ。人間(というか生物)の食欲というのは、自分の中の足りない栄養素を欲するようにできている。だから、食べたいと思ったものを食べればバランスの取れた食事ができるのだ。

 「そんなわけないだろ!」と思ったかもしれない。誰もが知っているとおり、現代人は食べたいものを食べていると不健康になってしまう。なぜ、生物には食欲という優れたお抱え栄養士がいるにも関わらず、現代人は不健康になってしまうのか?

 それは人類が美味しいものを作る技術を発展させすぎたせいだ。本来、人間が「あまずっぺえもんがくいてえ」と思ったらりんごを食べれば良かった。りんごには食物繊維が含まれているから、そういくつも食べられない。ほどよいところで食欲は満たされる。栄養を過剰摂取しメタボリックシンドロームまっさかさまなんてことはない。これがかつての人類のライフスタイルだった。ところが、現代人にはりんごそのものだけでなく、りんごジュースという選択肢もある。りんごジュースからは食物繊維が取り除かれているから、なかなかお腹は膨れない。りんご何個分ものジュースを飲むことができてしまう。こうなると糖分過多になってしまう可能性がある。現代ではりんごジュースどころではない加工食品が氾濫している。それは人間が美味しいと感じるようにデザインされているが、自然界にある美味しいものに比べると栄養に偏りがある。しかも、そういうものを食べてもなかなか満たされることがない。そういうわけで、現代社会では食べたいものを食べているだけでは健康に生きていくことはできなくなってしまったのだ。

 というわけで、健康に生きるための秘訣その一は、なるべく加工食品を取らないことだ。

 とはいえ、加工食品を完全に排除するなど、普通に暮らしていれば不可能である。カロリーを過剰摂取してしまう要因の一つは、加工食品を食べるとなかなか満腹感が得られないことだった。では、満腹感を得るために最大の鍵とはなんなのだろうか? 上で「りんごは食物繊維が含まれているから~」と書いたが、食物繊維も大切ではあるもののメインファクターではない。生物の満腹感を決定的に左右するのは、タンパク質だ。生物は一定量のタンパク質を摂取すると、それ以上は食欲が湧かないようにできている。タンパク質の過剰摂取は厳禁だからだ。逆に言えば、お腹が空いているときは、タンパク質を求めているのである。だから、食べ過ぎを避けたければ、食事の中のタンパク質の割合を高めればよいのだ。タンパク質があまり含まれていない食品(お菓子など)を食べると、お腹は膨れないのに多くのカロリーを摂取することになってしまう。

 要旨はこんなところだと思う。私の記憶と認識に基づいて書いているので、記述に誤りがある可能性は高い(言うまでもなく厳密な正確性は欠いている)。食生活改善の参考にする際は本書を読んでいただきたい。

 著者たちがタンパク質が鍵であることに気付いたのは、バッタでの実験がきっかけだった。バッタの研究といえば『バッタを倒しにアフリカへ』だが、あちらではアフリカのバッタ飢饉を解決するためバッタの生態の解明を目指していたのに対して、こちらではバッタの研究から多くの生物に共通する食欲の仕組みの解明(そして人間はどうすれば健康的な食生活を送れるのか)へと発展していっている。同じバッタ研究でも違いがあるのが面白い。

 ちなみに、この「食欲≒タンパク質欲」という事実は、バッタがなぜ統率の取れた大群を成すことができるのかという問いの答えかもしれない。バッタにとって最も身近なタンパク源は目の前のバッタだ。バッタが、前にいるバッタを食べるため、あるいは後ろにいるバッタに食べられないために飛んでいるとすれば、バッタが群れを成せる理由はある程度説明がつく。(正確には、筆者たちがこの行動原理に気付いた際に対象にしていたのは、高速飛行するバッタではなく、でかくて飛ばないコオロギだった。)

 冒頭で、要約としてダイエット本じみたことを書いたが、はっきり言ってこの本が面白いのはこうした研究の様子が描かれる部分だ。実験をデザインする苦労を通して、これまで漠然と捉えていた食欲というものが少しクリアに見えてくる。そうすると、コオロギの生態をはじめとして、世界の色々なことも今までより理解できる気がしてくる。一方で、それならばなぜ人間は食事によって不健康になるのか?といった新たな疑問も湧いてくる。このプロセスが面白い。(そして後半は実験の話がなくなってしまうので少し退屈だったりもする。)

 もし「ダイエットのために何をすべきかを知りたい」というのであれば、止めはしないがオススメもしない。結局、結論としては一般的に言われていることとそう大差ないからだ。他のダイエット本にはない独自の結論を求めて読むと、期待を裏切られるだろう。

 「なぜお菓子の食べ過ぎがよくないかを知りたい」「なぜ野菜を取ることが大切なのか知りたい」というWHY?に興味がある方には、この本をおすすめする。「『スタンフォード式 最高の睡眠』より『睡眠こそ最強の解決策である』の方が好きだ!」という方はたぶんこの本と相性が良いのではなかろうか。