たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

チェンソーマン 第二部第1話(第98話) 感想

 チェンソーマンの第二部が今日から始まった。

 

 最高すぎる。この一言に尽きる初回だった。何の意味があるかも分からないが、この感動をとにかく形にして残しておきたいから気持ちの赴くまま記事を書く(いつもそうだが)。

 まず、この第98話の最も基本となる構造は、平凡な主人公が特殊な力を獲得するに至る話なのである。『コードギアス 反逆のルルーシュ』の第一話に近いが、これ系の展開は胸が熱くなる。

 基本要素は以下のとおり。

  1. なんでもない日常
  2. 事件に巻き込まれて死の淵に立つ
  3. 何者かから力を貰う
  4. 事件解決!

 これに沿って話を進めてみたい。

日常パート

 このなんでもない日常パートだが、通常の新連載なら貴族と賭けチェスしてひっくり返す的なアレでもいいが、これは一年以上前に堂々完結した『チェンソーマン』の第二部である。高まりに高まったファンの期待を粉々に打ち砕くインパクトが極めて大事だ。

 そこに藤本タツキがぶち込んできたのがコケピーである。確実にタコピーのオマージュ! しかも、コケピーは命の授業の食材で100日後に死ぬことが決まっている。そうか、読者の心を掴むに必要だったのは、デンジでもマキマさんでもなくて、読者の心を掴んだ実績のある名作の力を借りることだったんだ! ちなみに、タコだけじゃなく豚の方もPちゃんだというのはできすぎた偶然だ。ついでにいえば、藤本タツキが初めてちゃんとした形で描いた漫画が『庭には二羽ニワトリがいた。』なので、藤本タツキにとって学校=鶏=食材なのかもしれない。

 コケピーを可愛がるクラスメートたちを冷ややかに見る女生徒が一人。三鷹アサ、この物語の主人公である。

 三鷹はどうやら親を悪魔に殺されていて、友達もいない。孤独な彼女は世界を呪っている。屋上で黄昏れる彼女のもとに歩み寄る委員長。おそらく三鷹アサが唯一心を開ける人物なのだろう。

 コケピーが教室を沸かせる5コマ漫画が三連チャンで続く。そして、あっという間に100日が経ってしまう。転校生のくせに自分よりずっとクラスになじんでしまったコケピーがいよいよ殺されることにほくそ笑む三鷹。しかし、委員長が立ち上がり、「私達全員で話し合って決めました。コケピーは食べません!」と宣言する。驚く三鷹(ハ、ハブられている……!!)。「その言葉が聞きたかった……!」とブラックジャックのようなことを言い、涙を流す先生。数学の授業は取りやめてサッカーをすることになる。

 コケピーは100日で死ぬことを慰めにしていた三鷹はまさかの逆転劇に孤独感を深める。クラスメイトたちは命の大切さを学んだのに対し、三鷹だけはコケピーなど死んでしまえばいいと思っていたのだ。両者の間の溝は深い。

 そんな三鷹のもとに駆け寄るニワトリが一匹。「三鷹アサちゃん! コケピーとサッカーするコケ~!」先生と委員長以外には名前を覚えてもらっていないと思っていた三鷹アサにとって、その言葉は嬉しいサプライズだった。彼女は思う。「そっか…わたし、みんなが羨ましかったんだ」

 次のページで転けた三鷹の下敷きになってコケピーは死ぬ。「弱すぎるので逃げれば野良猫に殺される」というコケピーの言葉は本当だったのだ。この調子だと三鷹が殺さずとも、サッカーの試合中に死んでいたに違いない。しかし、そうだとしてもコケピーを殺してしまったという事実は重くのしかかる。こうして、三鷹の孤独は頂点に達する。彼女の呪いは今や世界ではなく自分自身に向けられている。

 こうしてなんでもない日常パートは終わる。絶望は幸福の先にこそある。というわけで、この日常パート自体が、孤独な少女の凍った心が解けていく話になっている。濃密だ!

事件に巻き込まれパート

 部屋で「死ィイイイィイイイ……!」と悶える三鷹アサ。不意に鳴るチャイム。

 委員長と先生がコケピーのお墓参りをしようと提案し、三鷹を連れ出す。ふと立ち止まる三鷹。「どうした?」と心配する二人に、三鷹は答える。「横断歩道赤だから……」

委員長「夜だし車も誰もいないし大丈夫だよ」

先生「でもっ……そうだな! スマンスマン! どんな時でも信号は守らないとな!」

 その言葉を聞いて豹変する委員長。

「いつも……いつもいつもいつもいつもそうやって良い子ちゃんぶってさ……」

 田中先生が三鷹ちゃんの代わりにクラスメートに謝ったこと、田中先生が委員長に三鷹ちゃんの友達になってやれと言っていたこと、田中先生が委員長とセックスしてるのに三鷹ちゃんを好きなこと、知っていたかと三鷹を問い詰めながら、姿を変えていく。

「正義の悪魔と契約してわかったの! どうしたら私が田中先生とハッピーエンドを迎えられるか! オマエが死ねばいいんだ!」

 こうして三鷹アサは事件に巻き込まれることになる。全てが茶番だったのだ。100日後に死んだコケピーだけじゃない。委員長は田中先生に言われたから仲良くしてくれただけだったし、命の大切さを説いていた田中先生は委員長と淫行していたし、そのくせ心の中では三鷹と淫行していたのである! この昼ドラ的ドロドロ展開、私の大好物だ。これだけで一本漫画が描けそうな設定だが、それを惜しげもなくこんな場面で使ってくる。

 事件の発端が信号無視だというのも素晴らしい。散々茶番を見せられた後なので違和感がないし、痴話喧嘩のきっかけというのは些細なものなのだ。次の動画を見ていただくと分かりやすい。


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力の獲得パート

 続けて暴露されたのは、三鷹を転けさせたのも委員長だったということ。

 それを聞いた三鷹は切り刻まれながら安心を覚える。コケピーは自分のせいで死んだんじゃなかった。委員長も自分に嫉妬していた。自分は特別な存在ではなかったのだ。かつて自分が世界に向けていた嫉妬心が今、自分を殺そうとしている。

 そして、ほんの少しの後悔が生まれる。

「もうちょっとだけ自分勝手に生きてみればよかった」

 眼窩からこぼれ落ちた眼球が、闇夜の中に二つの目を捉える。赤信号に照らされたヨダカが告げる。

「生きたいなら体を貰うぞ」

 暗転。明けて、三鷹アサが立ち上がる。

 こうして、力の獲得パートは終わる。『コードギアス』もそうだが、やはりただ力を得るのではなく、死ぬ間際の後悔があると非常にドラマチックになる。今回の場合、この後悔に至るまでの積み重ねが最初のパートで丁寧に描かれていたので、描写があっさりしているにも関わらずカタルシスがあるし、そのおかげで疾走感も生まれている。

事件解決パート

「田中脊髄剣」ボボボボボボボボボボボ

 かなりハジけた台詞と共に田中の頭部を引き抜く三鷹。ボの縦線がコマの枠線になっているのが洒落ている!

 「なんだテメぇ~~!!」と問われ、名乗りをあげる。

「我が名は戦争の悪魔! 腕鳴らしに殺されてくれ!」

 「我が名は〇〇!」ってカッコいいよね。シビレます。

 戦闘が始まり、戦争の悪魔が圧倒する。どさくさの中で委員長と田中がChuとキスして「よし! ハッピーエンドだな!」。そうか、委員長が田中先生とハッピーエンドを迎えるのに必要だったのは、三鷹アサの死ではなく、田中先生がこっぴどく振られることだったのだ!

 爆散する正義の悪魔。構図は『さよなら絵梨』のセルフオマージュ。爽快感が凄まじい。やっぱり爆発オチこそ至高だ!

 

 全体的にギャグのテイストが強いが、緻密な構成を組みつつ、胸が熱くなる要素をちりばめている。個人的に『チェンソーマン』第一部の一話は暗い印象があったが、今回はギャグのおかげか明るくて読みやすいと感じた。なんだかよくわからないが、とにかく最高の一話だった。