たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

参議院選挙の結果で学ぶデュヴェルジェの法則

 Kくんは小学生である。Kくんのクラスは大所帯で77人もの生徒がいる。

 今日は3年に一度のスペシャルな日で、給食でシャトーブリアンのステーキが振る舞われる。

 ただし、予算の都合上、Kくんのクラスに用意されたのは400グラムだけ。77人で平等に分け合うと、5グラムほどにしかならない。おそらく一口サイズというのも物足りないぐらいの量だ。

 せっかくシャトーブリアンを食べたはずなのに、かえってひもじい思いをするばかりだったKくんが、ふと隣のクラスを覗くと、そこでは6人の生徒が100グラムの肉を分け合っていた。一人当たり16グラム……Kくんの3倍の量を食べていた。

 

 2022/7/10、参議院選挙が行われた。

 結果は以下のとおりだった。

与党:76議席

野党:49議席

 与党は野党の1.55倍の議席を得たのだ。

 では、得票率はどうだったのだろうか?

【選挙区】

与党:45.51%

野党:54.49%

比例代表

与党:46.09%

野党:53.91%

 大勝したはずの与党だったが、得票率は50%を下回っている

 選挙とはそういうものだと思う人も多いに違いないが、なぜだろうか?

 問題をクリアにするために、議席獲得数を選挙方式ごとに見てみよう。

【選挙区】

与党:52議席

野党:23議席

比例代表

与党:24議席

野党:26議席

 だいぶ視界がクリアになってきた。比例代表はおおむね得票率に応じた議席配分となっている。差が開いたのは選挙区だ。

 さらに詳しく見てみよう。

 選挙区は44あり、そのうち定員が一人だけの1人区が32ある。

 1人区での議席配分はどうだったのだろう?

青森:立憲民主党

山形:国民民主党

長野:立憲民主党

沖縄:無所属

 これらを除くと、全て自民党が勝利している。以上をまとめると、選挙区ごとの議席獲得状況は下のとおりになる。

【1人区】

与党:28議席

野党:4議席

【複数人区】

与党:24議席

野党:19議席

 そう、与党の勝因は1人区での大勝なのである。そして、得票率と議席配分比率の違いを生み出しているのもまた1人区なのである

 考えてみれば、これは当然のことである。1人区とはつまり小選挙区だが、小選挙区制では2番手以下には一切議席が与えられないから、2番手以下にも当選のチャンスが与えられる中選挙区制比例代表制に比べると死票はかなり多くなる。たとえば、自民党の得票率が45%で、立憲民主党が40%、共産党が15%という選挙区ばかりだとしてみると、自民党の得票率は突出しているわけではないが、結果は圧勝になる。しかし、2人区になると一転、自民と立憲が同じ数の議席を得る。

 だからといって、小選挙区制が悪というわけではない。アメリカのような2大政党制を志向するならば、小選挙区制が一番だ。これはデュヴェルジェの法則として知られている。

デュヴェルジェの法則小選挙区制は2大政党制をもたらし、比例代表制は多党制をもたらす。

 簡単に言えば、小選挙区制では第3勢力は無価値なので、票は一位を争う上位二組に集中するからだ。

 2大政党制においては、メディアン・ヴォーター定理によって政党は中道的政策を掲げることになる。

 たとえば、100人の有権者がいるとする。この100人を保守―リベラル順に並べていく。保守的な有権者はより保守的な政策を掲げる政党に投票し、リベラルな有権者はよりリベラルな政策を掲げる政党に投票する。2大政党制では51人以上から得票しなければならないので、政党は最もリベラルな政策からどんどん保守よりな政策へと調整していって(あるいはその逆をして)、ちょうど51人目が投票してくれるポイントを落とし所として政策を設定する。

 もちろん現実にはちょうど51人目が投票してくれるポイントなど分かろうはずもないが、大事なのは合理的に勝利を目指すなら政策は中道化していくということである。これは、2大政党制の選挙の勝敗を分かつのは政策ではない、ということを意味する。では何が勝敗の決定要因となるのかといえば、政権の実績だ。有権者は政権が有権者の望む政策を実行したかどうかで政権を交代させるか否かを選ぶのである。言い換えれば、2大政党制は、政権に有権者の望む政策を実行させるようにするシステムなのである。

 これはなんだかいい感じな気がする。なんたって分かりやすい。今の政治にイエスかノーかだけを考えて投票すればいいのだ。選挙当日に焦って色んな政党のマニフェストを見たりしないですむ。

 だが、上で述べたように、2大政党制をもたらす小選挙区制は死票が多くなる。多様な国民の意見が反映されないリスクは比例代表制より高くなる。

 下のように、ガーシー氏が当選したのに帰国しないなんてニュースがあるが、彼の当選を望んだ国民が一定数いたのである。全体から見れば少数だが、そんな声がしっかり反映されるのが比例代表制なのである。完全なる小選挙区制ではガーシーどころかNHK党自体に生存の余地がない。

news.yahoo.co.jp

 小選挙区制と比例代表制のどちらが良いかというのは、どちらの強みをより重視するかという問題であって、一概に言えない。大切なのは、投票が国政にどのように反映されるかについて、選挙制度がかなり大きな役割を果たしているということである。

 

 ここからは完全に私見であるが、参議院選挙のシステムは何を目指しているのかがよく分からない。

 小選挙区制と比例代表制を一緒にやってそれぞれの良いとこどりをしよう!というのであれば、それが良いか悪いかは別として理解はできる。

 しかし、参議院選挙で行われている選挙区制は小選挙区制ではない。小選挙区制と中選挙区制のミックスだ。中選挙区制は得票率の反映具合でいえば、小選挙区制と比例代表制の中間なので、中途半端オブ中途半端だ。

 制度の設計思想が不明なだけならよいが、このシステムはかなり大きな一票の格差を生み出している。選挙後は恒例になっている一票の格差訴訟は今回も提起された。有権者7,696,783人を要する神奈川県の定員は4人(今回は補欠選挙で+1)だったが、福井県では635,127人に対し1人の定員だった。神奈川県の有権者数は福井県の12倍もあるのに、定員はたったの4倍しか与えられていない。福井県民の一票は神奈川県民のそれよりも3倍以上の人数を国会議員にする力を持っている。

news.yahoo.co.jp

 一票の格差衆議院議員選挙でも存在するが、参議院議員通常選挙ではより大きくなって現れる。衆議院は2倍前後の格差で推移しているのに対し、参議院では3倍を下回ったことがない。今回の3.03倍はこれでも過去最小の数字なのだ。

ja.wikipedia.org

 これはかなり歪な状況だが、世間では問題視しない風潮も少なからずある。

 一票の格差を是正し続ければ、地方から選出される議員は極めて少なくなり、地方の声が国政に反映されなくなるというのがその理由として使われることが多い。(まあ本音は「お祭り気分に水を差されてムカつく!」くらいのものだろうが。)

 国会議員は地方の声の代弁者ではないから的はずれだと切り捨てることもできるが、実態として国会議員が地方への利益誘導を行っているということはあるかもしれない。仮にそれを是認するとしたなら、どのような選挙制度であるべきかを考えてみよう。その場合、参議院議員通常選挙では各都道府県の定数が同じ状態であるべきではないだろうか? なぜ地方民は人口の多い都道府県が他の地方より何倍も多くの国会議員を輩出できるという不平等を黙認しているのだろうか? 国会議員の役割をどう捉えるにしても、現在の選挙制度は欠陥を抱えている。

 上でも述べたとおり、接戦の場合に参議院の多数派政党を決めているのは実質的に一人区、つまり地方である。合わせて考えると、現在の選挙制度は地方に極めて大きな特権を与えている。

 

 もし参議院が多様な国民の声を拾うことを目指しているのならば、全て全国区の比例代表制にすればよいのではないだろうか? それならば、一票の格差など存在しなくなる。かつて全国区は被選挙人にとって過酷だったようだが、それであれば今の比例代表制も許されるべきではない。今はインターネットで安価に全国へ向けてアピールすることができるし、現に日本に足を踏み入れすらせずに当選したガーシーという実例も生まれたわけである。

 とはいえ、これを与党が良しとする理由がまるでない。今回はそこそこ順当に与党が勝利したが、それにも関わらず、完全なる比例代表制だったら与党は過半数議席を獲得できたか怪しいのである。比例代表制に踏み切るのはリスクが高いと考えるに違いない。比例代表制では政治が不安定になるという面はあるから、理由も立つ。

 そうであれば、比例代表選挙を行うにせよ行わないにせよ、選挙区選挙は小選挙区制にするというのが唯一のまともな選択肢であるように思う。最悪でも、全選挙区を中選挙区制大選挙区制)にするべきだろう。そうすれば少なくとも、地方が参議院の多数派を決めるという構造は壊れる。(上で述べたように各都道府県で同人数を選出する方式もありうるが、それをやるには憲法改正が必須っぽいので今のところは非現実的だと考える。)

 

 

 今回の選挙のデータは総務省のサイトでゲットできる。

www.soumu.go.jp

 本当は選挙区ごとの得票率を見たかったが、計算が面倒なので諦めた。ググっても上位では書いているサイトがなさそう。なぜだ。

 

 今回の記事を書くにあたって流し読みした本。

 自分の持っている版は、大学時代に教科書として買ったものだから内容は若干古い(民主党が勝ったばかりの時期なので、二大政党制に進んでいくだろうという期待感が見える)。でも基本的なことは変わらないはず。問題意識を持って読めば、教科書もわりとサクサク読めるし面白いことがわかった(といっても二章分くらいピックアップして読んだだけだけど)。