たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

映画において、幸せな結婚式は参列者を幸福にしてこそ達成される。 『我等の生涯の最良の年』

アメリカ映画ベスト100制覇への道:その12 我等の生涯の最良の年

 『我等の生涯の最良の年』は、アカデミー賞の9部門で受賞し、『風と共に去りぬ』の次にヒットした作品だそうな。名作中の名作と呼んで間違いない。

 あらすじを一言でまとめると、次のようになる。太平洋戦争の戦場から三人の兵士が故郷に帰還するが、長かった戦争の影響は彼ら自身と故郷を以前とは違うものにしてしまっていた……。

 戦後を描いているが、なんと終戦の翌年である1946年に公開されている。これまで記事を書いてきた映画を見ても思うが、この頃のハリウッド映画はスピード感がえげつない。前年に出版された本を原作にしていたり、前年に公開された映画の劇中歌を引用していたり。

変化の後の物語

 普通の物語では、主人公たちはなんらかの変化を遂げる。この映画は、その後を描いている。変化した主人公たちは、変化する前に過ごした世界に受け入れられるだろうか? 期待と不安がないまぜになった感情が彼らを襲い、それは的中することになる。華々しい凱旋などない。

 もちろんこの映画の中でも主人公たちはさらなる変化を経験する。実のところ、彼らのホームはもはやホームではない。いや、本当は最初からホームなんかではなかったのだ。ただ、以前は妥協していただけ。戦争によって変化した彼らは、信念の変化や社会からの拒絶によって、妥協ができなくなってしまう。

第一の事件は物語が始まる前に起こっている

 『我等の生涯の最良の年』は、戦争という重大な事件が起こった後の物語を描いている。物語が始まった時点ですでに重大な事件が起こっているのは、特に珍しいことではない。むしろ名作映画たるためには必須の要件とさえ言ってもいい。

 『怒りの葡萄』は主人公が殺人事件を起こしたり、故郷が更地にされたりした後の時点から物語がスタートしている。『スミス都へ行く』では、スミスの父親が殺されたり、政治家たちが汚職をしたりした後の物語を描いている。(少なくともそれが名作ならば)どんな物語も何かが起こった後の時点からスタートするものなのだ。

ずらすのは少しだけ

 主人公たちは戦争から戻ってきて、日常と自分との間にあるズレを味わうのだが、そのズレは露骨には描かれない。

 彼らは一見、家族たちに温かく迎えられる。ただ、ほんの少しの違和感があるだけ。ほんの少しなのに、これが不思議ととてつもなく重要なことに思える。たぶん、もっと露骨に描いてしまうと作り物っぽさが出てしまう。この映画は、ここのさじ加減が絶妙だ。

水の入った器

 この映画は小道具の使い方も上手い。最初の飛行機の墓場が終盤で伏線として回収されるのがかなり良い感じなのだが、それ以外に私が(・∀・)イイ!!と思ったのがコップの使い方。

 主人公の一人に両腕を失った義手の男がいるのだが、彼が家で家族と団らんしているとお母ちゃんが飲み物を運んできてくれる。この男、義手を非常にうまく使うのだが(ちなみに、この役者さんは本当に義手なのだ!)、このコップがツルツルしたガラス製なうえに底に向かってゆるい曲線を描いて細くなる形状のやつだから、こればっかりはうまくつかめなくて落としてしまう。

 このシーン、母親がお盆を持って登場した時点で不安な気持ちにさせられる。会話の内容も就職に関することで暗雲垂れ込める感じなので、その気分を増幅させる見事な小道具である。

 私は幼い頃から、液体がたっぷり入ったコップやお椀を左手で持つと、こぼさないか非常に怖くなって手が震えてしまう癖(?)がある。そういうわけもあって、このシーンは非常に印象に残った。

フィナーレは結婚式で

 この時代の映画は不倫が本当に多い。この映画でも主人公の一人が既婚者なのに奥さん以外の女性を好きになってしまい……という展開がある。

 また、フィナーレが結婚式で訪れることも多々ある。『或る夜の出来事』『フィラデルフィア物語』と『我等の生涯の最良の年』……。アメリカ映画ベスト100を見始めてから、12作品中3作品だから十分に多いのではないだろうか。結婚式は物語のピークを迎えるのに格好の舞台らしい

 ただし、結婚式がおしゃかになる前2作品と違って、『我等の生涯の最良の年』では幸せな結婚式で幕を閉じる。とはいっても、カメラが捉えているのは、必ずしも新郎新婦とは限らない。実はそこには結ばれなかった二人がいて、式の最中に見つめ合っているのだ。

 今書いていて気付いたが、これ、志村貴子の『青い花』とほぼ同じだ! 私は結婚式で新郎新婦以外のカポーが結ばれるシチュが大好きなのかもしれない。

 というわけで、最高の結婚式は参列者を幸せにするものだということを胸に刻みつけておきたい。