たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

コードギアスにおけるニーナとミレイの役割について

 『イカゲーム』を見て、「いやいや日本にはもっと面白いコンテンツがある」と思い、なぜかコードギアス 反逆のルルーシュを見返してしまいました。これで4回目くらいでしょうか? やはり何回見ても面白い。卓越している。冠絶するアニメだ。

STAGE1 魔神 が 生まれた 日

※イメージ画像代わりのAmazonリンク

コードギアスについて

 はて?『コードギアス』ってなんですかいの?という方もいるかもしれませんので簡単に説明をします。

 世界の半分を支配するブリタニア帝国の王子として生まれた少年ルルーシュ。彼は王族の後継者争いに巻き込まれ、母親を何者かに殺されてしまいます。王子としての地位を捨て、後に植民地となる日本に逃げることとなったルルーシュとその妹ナナリー。一般市民としての仮面を被って暮らすことを強いられてきた彼は、ひょんなことから人を意のままに操る能力・ギアスを手に入れます。復讐のため、母の死の真相を知るため、妹が暗殺に怯えずに済む世界を作るため、ルルーシュは仮面の男ゼロとしてブリタニア帝国に戦争を仕掛けます。

 そんな感じのストーリー。最大のキーアイテムが仮面です。もともとルルーシュは王子という生い立ちを隠して生きているのですが、ギアスを手に入れたことをきっかけにして、さらに正体を隠してゼロという「正義の味方」を演じることにします。ルルーシュは王子・一般市民・ゼロという三つの顔を演じ分けることになるのですが、ここが非常に面白いところです。

 我々は誰もがみなルルーシュのように仮面を使って生活していますし、多くのドラマ・アニメ・映画・小説において、嘘は物語に厚みを持たせる重要な要素です。叙述トリックは最も分かりやすい例でしょう。そんな仮面を主題に据えたこのアニメ、面白くないわけがありません。

 嘘にまみれたルルーシュの人生を象徴するように、このアニメもまた嘘とハッタリに満ち満ちています。一部のロボット(と人間)はとんでもない動きをするし、ありえない兵器が存在するし、『ベルサイユのばら』を彷彿とさせなくもない豪華絢爛な王族が現代社会を支配しているし、そもそもギアスという能力自体が戦争モノに持ち込まざるべきファンタジーですし……。でも、私達がアニメに求めているのはそういうものなのです。

 要するに、コードギアス 反逆のルルーシュ』はTVアニメの最高傑作だということです。見ていない人はとりあえず一話だけでも見てみるのがベストな選択であるということは断言します。(一話を見て無理だと思ったら見なくてよいです。)

ニーナ・アインシュタインについて

 と、長々と未見の方向けに話をしておいて、ここからはネタバレかつ多少マニアックな考察をします。

 あのニーナについての話をしたいのです。

 ニーナと言えば、『コードギアス』において扇に次ぐ嫌われ者であると私は確信しているところであります。日本人を異様に毛嫌いし、ユーフェミアと出会ってからは言動の異常性はとどまるところを知らず、出世をすれば今までお世話になっていた生徒会長を罵倒。核爆弾的な兵器の使用を煽っておいて、その結果を目の当たりにした時にはショックを受けるという。

 好かれる要素がありませんね。私もかねてより嫌いでしたし、今回も改めて「うざいなあ」と感じた次第です。

 しかし、今回、一気に見返して私は気づきました。ニーナはルルーシュの分身であることに。これはニーナが小夜子のようにルルーシュの影武者だという意味ではありません。ニーナはルルーシュとある一面を共有しているキャラクターだということです。

ルルーシュVSシャルル

 R2第21話にて、ルルーシュは憎んできた父親が自分を守っていたことを知ります。父親もまたルルーシュが安らかに生きていける世界を作るために壮大すぎる計画を立てていたのです。にもかかわらず、ルルーシュ君これを完全否定。

「現実を見ることもなく高みに立って俺たちを観察して……お前たち親は俺とナナリーを捨てたんだよ!」

 はっ! このセリフ、前にも聞いたことがある! 私は思いました。リアルタイム視聴時だと気付けないが、一気観しているからこそ気づけることがそこにはある。

ニーナVSミレイ

 同じくR2第9話「朱禁城の花嫁」でミレイとニーナのこんなやり取りがあります。

「でもよかった。ニーナも頑張ってるみたいだしなんか安心しちゃった」

「安心?」

「うん。困ったことがあったら相談に乗るから。」

「やめて。私ミレイちゃんのことは好きよ。でもうわべだけの女は嫌い。ユーフェミア様は逃げなかった。命をかけて私を助けてくれた。ユーフェミア様だけが私を救ってくれたの。口だけの同情ならやめて。ミレイちゃんはいつも遊び気分で、困ったらアッシュフォードという盾を使うのよ。ロイド先生との婚約だってそういうことでしょう? 私をいつも下に見て、保護者の顔をして偽善に浸って。もう違うの私は。私を認めなさいよ」

ルルーシュ=ニーナ

 完全一致と言ってもよいのではないでしょうか? ニーナはルルーシュの中の「俺を全力で愛せ!」という一面を誇張したキャラだということが言えそうです。さらに言えば、ニーナにとってのユーフェミアは、ルルーシュにとってのナナリーに相当します。というわけで、

  • ルルーシュ=ニーナ(可哀想なアタシ)
  • シャルル=ミレイ(自分が大事なだけのムカつくアイツ)
  • ナナリー=ユーフェミア(アタシを愛してくれるあのヒト)

というきれいな構図がここに浮かび上がります。

ルルーシュ=ミレイでもある

 シャルルとルルーシュは親子だけあってやっていることがかなり似ています。シャルルに対するルルーシュの言葉は自己否定なのです。だからこそルルーシュは自ら破滅の道に行かざるを得ないわけです。

 そういう意味では、ミレイもまたルルーシュの分身であるということが言えそうです。考えてみれば、ミレイも貴族の令嬢という仮面とアッシュフォード学園の明るい面倒見のよい生徒会長という仮面、そしてルルーシュを好いているという本心の間で揺れ動くキャラクターでした。アッシュフォード学園のどんちゃん騒ぎと黒の騎士団が巻き起こすどんちゃん騒ぎを重ねて見るのもまた面白いかもしれません。

カレン=ルルーシュでさえあるかもしれない

 実はこの構図、けっこう色々なキャラクターの関係に当てはめることができるかもしれません。

というような関係も考えられる気がします。

 ユーフェミアによる日本人大虐殺の際、ゼロが「私はメシアなんかじゃないんだ……」とのたまうセリフがあります。そう考えると、『コードギアス』は全体としてキリスト教をモチーフにしているのかもしれません。

 ミレイはニーナにブチ切れられたことをきっかけに自分の道を歩くことを決めたようです。ニーナはフレイヤの惨状を目の当たりにして真人間っぽくなっていきます。『コードギアス』における救いは罪の自覚から始まるのかもしれません。

 扇が嫌われるのは罪の自覚が見受けられないからかもしれません。それなのに褐色巨乳美人とイチャイチャして総理大臣にまで上り詰めるんだから、そりゃもう視聴者は怒り心頭です。でもゼロ・レクイエムっていうのはそういうことかもしれません。罪の自覚なき者に代わりルルーシュが罰せられる。これもキリスト教っぽい気がする。わかんないけど。

 寝る前に聖書でも読もうかしら……と思う今日このごろです。

 

 ちなみに今年は15周年目のようですよ。

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 再放送もいいけど、個人的にはNetflixに英語とスペイン語の字幕を載せるとかして世界に羽ばたく努力をしてほしいところです。