前回、本屋で本を買えないという話をしました。
理由は以下のとおりです。
- 情報量が多すぎる。
- 本を持って帰るのがしんどい。
- 本を読み終わった後がしんどい。
- 支払いがしんどい。
あれを書いてから数日後、ちょっとした用事があり東京の神保町に行きました。
神保町といえば本の街。古書店が立ち並ぶ光景は、日本中どこを探しても、いや、世界中どこを探してもここにしかないものです。たぶんそう。オフィシャルサイトにもWikipediaにも世界最大級って書いてあるからきっとそう。
というわけで、久々に古本屋巡りをしてみました。
神保町の古本屋はブックオフとはちょっと一味違いまして、年季がすごい本が多いし、そこら辺ではなかなかお目にかかれないジャンルの本がたくさんあります。「世の中には知らない世界があるなあ……」と眺めるだけでも楽しいかもしれません。
さらに、街全体が古本屋といっても過言ではないということは、単純に売り場面積がめちゃめちゃ広いということでもあります。したがって、そこら辺にあるちっこいブックオフとは売っている本の量が比べ物になりません。宝探しのしがいがありますね。
だからなんやねん。
本がたくさんあるということは、それだけ選択肢が多いということであり、すなわち情報量が多すぎる問題は何も解決されていません。
「本を持って帰るのがしんどい」もそう。「本を読み終わった後がしんどい」もそう。「支払いがしんどい」もそうじゃないですか。
何も問題は解決されていない!
……10年前の私だったらそう思っていたに違いありません。
ですが、今回の私は一味違いました。
なんと、今回、私は、神保町を満喫して古本を2冊も買ったのです。す、すごい! あれだけ本屋に文句を言っておいて、一体全体どういう心変わりなのでしょうか?
最初のきっかけは、古本の値段を見ていた時に訪れました。ふと気付いたのです。
「あれ? これ、Kindleで買うよりだいぶ安くないか?」
電子書籍は紙の本よりわずかに安くなっていることが多いのですが、割引率はせいぜい10%程度でしょう。Amazonでは定期的にセールをやっていますが、欲しい本がセールの対象になっているとは限りません。特に、お得感を感じるのは50%オフ以上ぐらいからですが、そのレベルのセール対象となるとなおさらです。たとえば、お目当ての本が100円で買えることは極めて稀です。
ところが、古本屋では100円で売られている本がけっこうあるんですね。これらの本は明らかにKindleで買うよりも安いのです。
この瞬間、私の中でモードチェンジが発動しました。「支払いがしんどい」モードから、「お目当ての本はここで買わないと損」モードへの転換です。
では、お目当ての本とは何か? ここで私は思い出します。
それは年始のこと。書評家の三宅香帆さんのYouTubeチャンネルを見た私は、今年の目標に「新書大賞受賞作を制覇する」を追加しようと考えました。新書大賞は歴史が浅いので、18冊くらいしかありません。映画に比べると本を読むのには時間がかかりますが、このくらいなら十分に達成可能です。新書は薄い本も多いですし、それでいて質が担保されている。最高じゃないか。そう思ったのです。
ところが! 対象作品をAmazonで検索してみたところ! ほとんどが電子書籍化されていないじゃあーりませんか! ガーン……!! 「紙の本を買う」という発想が出てこない私は、新書大賞受賞作制覇の夢を諦めたのでした。
今、私はモードチェンジを果たし、紙の本を買おうとしている。ここで買うべきは、電子書籍化されていないから買うのを諦めていた本以外にありません。だって、安く買える、欲しかった本が買える、一石二鳥じゃないですか。一石二鳥、私の好きな言葉です。俄然テンションが上がります。
そうして私の、真の古書店巡りが始まりました。本を買おうと思って本棚を眺めるのは楽しいものです。
結果、見つかったのは2冊。
『人新世の「資本論」』1,020円+税 → 550円
『宇宙は何でできているのか』800円+税 → 220円
合計1,232円の利益を得ました。お金を払っているのに儲けているとはこれいかに。
ふ、古本屋しゅごい……。や、やしゅい……。
あと本当なら長らく欲しかった与田ちゃんのセカンド写真集もだいぶ安く売られてたけど、ちょうど前日にAmazonで注文しちゃってた……。損した……。
ここで改めて私が紙の本を買えなかった理由を振り返ってみましょう。
- 情報量が多すぎる。 → お目当ての本があったので負担にならない。
- 本を持って帰るのがしんどい。 → 新書だからそれほどでもない。
- 本を読み終わった後がしんどい。 → 今後の課題
- 支払いがしんどい。 → かなり割引されていたので負担減
つまり、課題が四つあったものの、そのうちの三つが解決されれば私は紙の本を買うことが判明しました。いや、軽かったのは結果論なので、おそらく支払いのしんどさと情報量多すぎ問題の二つが解決されれば十分だったようです。
私個人としては、「欲しい本リストを持っておく」を実践すれば、古本屋でなら紙の本を買う気になれそうです。
それはさておき、前回、「本は資産というより負債って感じがする」と書きました。
ですが、私が神保町で見たのは資産としての本たちでした。誰かの手を離れた後も一定の価値を保持して流通している本たちは、紛れもなく資産でした。
考えてみると、現金、株、債券、不動産など、資産の代表選手たちには必ず二次的な流通市場、セカンダリーマーケットが存在します。もしセカンダリーマーケットがなければ資産の価値は大きく下がるはずです。
セカンダリーマーケットがあることによって、市場のプレイヤーは次のような利益を得ることができます。
売り手:本の購入にかかった費用の一部を取り戻せる。
古本屋:マージンを得られる。
買い手:プライマリーマーケット(一般の本屋)よりも安く本を入手できる。
みんな儲かるんです。いやいや、本屋がその分損をするじゃないかというかもしれませんが、そうならない可能性もあります。なぜなら古本の売り手が売ったお金で新しい本を買えば、その分だけ本屋や出版社も儲かるからです。あるいは二次流通市場の存在を前提として、本の値段を釣り上げることも考えられます。
すごい仕組みですね。
本は我々が日常的に購入するものの中では圧倒的に保存期限が長いです。家電などはせいぜい2,30年もすれば使い物にならなくなりますが、本はおそらく人間よりも長生きします。陶器のように割れたりもしません。これは紙の本の大きな特徴です。しかも、本の価値の大半はそこに書かれた情報にありますから、その価値が下がるリスクは(金融資産などに比べると)乏しいです。もちろん流行に乗っただけの薄っぺらなビジネス書などは時代経過に伴い簡単に陳腐化してしまうこともあるでしょう。が、文学作品となると、100年経っても価値が落ちないことはざらにあります。そう考えると、本は極めて優良な資産です。
ただし、ここでいう価値とは読んだ時に得られる何かであって、価格とは異なるものであることに注意が必要です。ほとんどの本は古本になった瞬間に価格がガクッと落ちます。本は優良な資産であるといっても、株式のような金融商品とは全く性質が異なるものです。
これは買い手にとっては非常に魅力的です。実質的な価値は何一つ失っていないものを、格安で買えるのですから。これは買わなきゃ損です。売る側としては魅力的ではありませんが、それは転売で差益を得たい場合の話です。不要な本を捨てるしかないよりは、売れる方がマシです。
重要なのは、電子書籍にはセカンダリーマーケットが存在し得ないということです。いやどうだろう。今後出現する可能性はゼロではないかもしれない。土地の所有権が存在しない中国にも不動産業者はいるわけだから。でもとりあえず今のところはAmazonに電子書籍を転売するサービスは存在しません。
つまり、書店業界は古本屋と連携すれば、Amazonよりも魅力的な仕組みを作り出すことができるかもしれません。いや、すでにそれはでき上がっているのかもしれません。私が知らないだけで。「このど素人がぁ」と思っている方もいるかもしれません。すみません。
結局、何が言いたいかというと、神保町に行った結果、紙の本も捨てたもんじゃないなと思い直したということです。この間、美術館に行ったときに紙の本を買ってしまいました。数週間前までの自分だったらあり得ないことです。
唯一無二の個性を持つ街には、価値観を変える力があるようです。さすが神保町。すごいぞ神保町。カレーも美味しいぞ神保町。カフェもおしゃれだぞ神保町。ああ神保町。神保町よ、不滅なれ。