『ユニクロ帝国の光と影』という本を読んで面白かったので感想を織り交ぜつつ内容をまとめてみます。私はユニクロの闇についてはあまり興味がありませんが、ユニクロとZARAのビジネスモデルについてよくまとまっている本だと思います。
2010年までの内容となっているようなので、2021年現在では違う部分も多少あるのではないかと思います。
ユニクロの基礎知識
ユニクロは、日本では言わずとしれたアパレル業界の巨大ブランドです。ユニクロを擁する株式会社ファーストリテイリングは、日本ではダントツ、世界でも第三位に入る大企業です(順位の基準は売上)。上にはスウェーデンのへネスアンドマウリッツ(H&M)と、スペインのインディテックス(ZARA)しかありません。
ユニクロの特徴はSPAです。SPAとは、Speciality Store Retailer of Private Label Apparelの略で、簡単に言うと、自社で作った製品を自社で売るビジネスモデルのことです。提唱したのがGAPなのでApparelと入っていますが、ニトリなどもSPAと言われるのでアパレル業界に限定して使う用語ではありません。日本においてはユニクロと言えばSPA、SPAといえばユニクロというくらい、ユニクロを語る上では欠かせない要素です。ちなみに、しまむらやZOZOはプライベートブランドをほとんど持っていないのでSPAではないと言っても差し支えないでしょう。無印良品やZOFFはSPAです。
ユニクロの社長は柳井正。ユニクロを一からここまで育て上げた偉大な経営者の一人です。たまに発言がニュースで取り沙汰されるのでご存じの方も少なくないはず。
ユニクロの歩み
SPA前のユニクロ
現在、ユニクロの店舗でユニクロ以外のブランドを目にすることはありません。そんなユニクロも、最初は他のメーカーの服のみを販売していました。
その頃のユニクロの特徴は
- メーカーから買い取っていたこと
- カジュアルウェアをメインで扱うこと
買い取り
実は一般的に、服屋というのは委託販売制度というのを取っているのだそうです。どういうことかというと、服屋は売れなかった服をメーカーや卸に返品することができるのです。売れずに在庫が残ってしまうリスクがつきまとう小売、特に流行の移り変わりの激しい服屋においてはとても安心な制度です。
しかし、ただ美味しいだけの話はありません。服屋は返品ができる代わりに、金額が高めに設定されます。また、ルールとして定まっているわけではないようですが、メーカーや卸との付き合いがあるために、安売りというのがしにくいようです。
ユニクロが買い取りを行っていたのは、売れなかった服の責任はユニクロが引き受ける分、商品を安く仕入れられるし、売り方についてもユニクロが自由にできたからです。
柳井さんは委託販売制度について、次の三点をもって批判しているようです。
- 利益率が低くなる
- 流通の各過程において無駄が発生するため価格が高くなる
- 仕入れや販売において小売の自由が縛られてしまう
カジュアルウェアをメインで扱う
まだユニクロが小郡商事という名前だった頃、駆け出しの柳井さんはそれぞれの服の特徴に気づきました。
- 紳士服 → 利益率は高いが、回転率が悪いため在庫リスクが高い
- 婦人服 → 利益率が低いうえに、流行のサイクルが短くリスクが高い
- カジュアル → 接客が不要。商品ごとに売れ行きが全く異なる。
そこでカジュアルに注力した結果、さらなる気づきを得ます。
- カジュアルウェアは老若男女問わず需要がある
- 流行の商品よりもベーシックな商品に需要がある
- ニーズを捉えればプライベートブランドにも需要がある
円高をきっかけにSPAに出会う
1985年頃、プラザ合意をきっかけに急速に円高が進みました。にもかかわらず、輸入品の仕入値が一向に下がらない。不審に思った柳井さんは香港に乗り込みます。結局、仕入値が下がらないのはメーカー・卸が企画や生産の主導権を握っていたからだったのですが、柳井さんはそこでジョルダーノというSPAの企業に出会います。ユニクロよりも良い製品をユニクロよりも安く売っていることに感銘を受けた柳井さん、さっそく真似をすることにしたのでした。
ちなみに、この本ではユニクロにはオリジナリティがないという定説が紹介されているのですが、優れたプレーヤーの真似をすることがどれだけ大事かということですね。
苦難の連続
1987年からオリジナル商品を手掛けるようになったユニクロ。しかし、それまで服を作ったことなどなかったユニクロが服を作ってもいきなりうまくいくはずはありません。
少しでも品質の良い商品を作り出すために、三週間以内なら理由を問わず返品に応じるキャンペーン、苦情をいうと百万円が当たるキャンペーンなどを行い、クレームを集めたというエピソードもあります。
バブル崩壊は低価格帯で勝負するユニクロにとって追い風となりました。1994年には上場を果たします。しかし、そこからユニクロの業績は低迷していきます。
SPAへの本格的転身
状況を打開すべく1998年、ユニクロはABC(オールベターチェンジ)改革に取り組みます。これは、まだ自社製品も他社製品も店頭に並べていたユニクロが、SPAへの本格的転身を目指したものでした。
ABC改革
ABC改革の肝は「作った商品をいかに売るか」ではなく「売れる商品をいかに早く特定し作るか」を戦略の中心に据えたという点にあります。私もメルカリをやっていて思います。物を売るにおいて何を売るかがものすごく重要なんだなと。
×どうやって作ったものを売るか
○どうやって売れる商品を作るか
これを達成するためには、企画・生産からの一連の流れを全てユニクロが掌握することが必要になります。具体策の例は以下の通り。
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中国の委託工場をそれまでの一四〇カ所近くから四〇カ所ほどに絞り込む
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生産を委託していた国内のメーカーを中抜きする
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それまでの季節ごとの四〇〇品番を二〇〇品番以下に絞り込む
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顧客との接点である店舗を起点にして会社を運営する
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店舗の販売データを元にして、中国工場での生産の進捗を週次で見直す
一言で表せば、選択と集中というやつですね。委託先も中継地点も商品の種類も絞り込む。そうして管理を簡単にし、管理の要を店舗に集まるデータに据える。
こうして絞り込んだ結果、委託先となる中国の工場にとってはユニクロは重要な得意先になりました。なんせ普通のアパレルなら工場に注文するのは一品番あたり数千程度。しかしユニクロは十万二十万単位です。結果、工場とユニクロの関係が深まったのです。
どれだけ需要を予測しようとしても完璧に予測することは不可能です。工場をコントロールできなければ、予測が外れたとしても当初の注文通りに生産させるしかありません。しかし、ABC改革後のユニクロは、生産ラインのコントロールが可能になりました。需要が予測を上回れば増産ができるし、需要が予測を下回ればストップをかけることができる。自社の工場じゃないのにこれができるというのはちょっと驚きですね。
ABC改革の結果、2000年、ユニクロが取り扱う商品はプライベートブランドオンリーになります。
原材料
SPAの改善に邁進する柳井さん、ついには原材料メーカーと直接交渉を始めます。
実は服の原価というのは原材料費が70%を占めるのだそうです! そのうえ、服の品質を決定づけるもまた原材料。そこが駄目なら後の工程がどれだけ素晴らしくってもカバーしきれないのです。原材料にアプローチするのがどれだけ重要か分かります。
その結果として、たどり着いたのが、ご存じの方も多いのではないでしょうか。そう、東レとのパートナーシップです。
原料調達のメリット
原料調達を自社で行うことで得た最大のメリットは在庫調整能力が格段に上がることだそうです。原料調達をすることで、注文のプロセスを細分化することができるようになったためです。
従来の注文
- 100万枚のポロシャツを注文する
原料調達後の注文
- 100万枚のポロシャツ分の原糸を注文する
- 生地の種類と色を決める
- ポロシャツの最終形を注文する
これによって何が変わるのか? 実は、生地の種類はたくさんあるのですが、生地を構成する原糸の種類はとても少ないようです。ということは、もし1の段階で需要予測を読み誤ったことが分かったら、変更の余地が大いにあるということです。従来なら、「この仕様で行きます!」と決めたポロシャツが「あかんこれ全然売れへん」みたいなことになったとしてももう後戻りは不可能でした。しかし、まだ原糸を注文しただけの段階であれば、「やっぱ仕様変更!」と方向転換を図る余地があるのです。
フリースブームと反動
1998年、ABC改革に取り組んだちょうどその年、フリースブームが巻き起こりました。当時、けっこうお高かった(1万円くらい)フリースを激安(1980円)で販売したところ、これが大ヒット。ユニクロは躍進します。1998年8月期決算の売上は831億円だったところ2001年8月期の売上は4185億円! 三年で5倍以上!
ところが、ABC改革で品番を減らしていたところに数千万枚も服が売れるとどうなるでしょうか。みんなが同じ服を持っているという状況が発生します。「ユニばれ」という現象が起こり、売上は急降下しました。2003年8月期の売上は3100億円を切ってしまいます。
この反省を経て、ユニクロは品番を増やしていきました。とはいえ、2010年の段階でもユニクロは他社に比べれば品番少なめなようです。おそらく2021年現在もそうでしょう。
個人的には、これもきっと必要な過程だったのではないかと思います。品番を減らさなければ成功の礎であるABC改革が上手くいっていたか分かりませんからね。
ユニクロの闇
ここまでユニクロの歩みを中心に見てきましたが、ここから柳井正、国内ユニクロの労働環境、中国工場の労働環境について書かれます。
柳井正
柳井さんのお父さんは地元の名士だったようです。ヤクザとも深いつながりのある怖い人だったようで、厳格に育てられたようです。
しかし、早稲田大学を卒業しようかという柳井さん、「働きたくね~!」と思いつつ大手商社に挑むも玉砕。就職浪人も許さん!という父。ちっちゃい商社は気に入らんという息子。結果、柳井さんは就職先が決まらないまま卒業してしまうのでした。最終的に父のコネでジャスコに入社。ほっと一息ついたその一年後、柳井さんは退社してしまいます。
今となってはバリバリのビジネスマンといった感じの柳井さんですが、こうやってみるとけっこう親近感が湧きます。
仕事を辞めて何をしようとしたのかというとアメリカへの留学です。しかし、結婚を控えていたことを受けて、父が引き止め山口に呼び戻します。その後、父の会社の一つ、小郡商事の全権を委譲されます。これがユニクロの前身です。そこから柳井正は経営者としての才能に目覚めていくことになるのです。
私が感じたのは、柳井正は自由に飢えた人なのだなということです。父から初めて自由を与えられて覚醒した柳井正。彼が生んだユニクロもまた、メーカーや卸の支配から逃れ自由を追い求めてきた企業に見えます。GUの名前の由来が自由なのは偶然ではないかもしれません。
ユニクロの労働環境
しかし、柳井正が自由を求めたからといって、柳井正の作った会社が自由な職場であるとは限りません。むしろその逆。柳井さんが自由に振る舞いたいということは、その部下は我慢を強いられるということかもしれません。
ユニクロの店舗はガチガチのマニュアルで縛られている。多すぎる業務量と矛盾したルールの元で長時間労働を強いられる店長たち。柳井以外の経営陣はどんどん辞めていく。後継者はわずかな失敗で首を飛ばされ返り咲く柳井……。口では自主性が大事だ、早く引退しなければ、と綺麗事を述べる柳田がその言葉と行動はまるで一致していない。
本ではそんな話が書かれています。まあ、優れた経営者が異常だというのはありがちな話です。スティーブ・ジョブズもろくでなしで有名ですし。ファーストリテイリングは柳井さんの会社なのだから、引退する時期は自由に決めればいいと思います。成長中の会社がブラックだというのもよくある話のような気がします。この本が書かれたのは2010年なので、フリースブームからわずか10年しか経っていない頃です。今は改善されているかも分かりません。そもそもこれは週刊文春関係の本で、成功者を糾弾してやりたいというモチベーションがないとも思いません。個人的には、ここらへんは話半分くらいに読むべきかなと思います。
とはいえ、柳井さんが去った方が良い会社になるかもなとは私も思いました。アップルはスティーブ・ジョブズがいた頃よりいなくなった頃のほうが成長していますし。
ちなみに、2021年現在、72歳の柳井さん。2019年末にSBGの社外取締役を辞めた理由が、「本業に注力したい」です。老いてなお血気盛ん。60代での引退を考えていたのが嘘のようです。本の中で子供を後継者にするつもりはないと言っていますが、今の取締役のメンバーは、社外取締役と息子二人とCFOの岡崎健氏で構成されています。本当に子供以外から後継者を選ぶのか怪しいもんですね。
インディテックス
それはともかく、この本ではブラック企業ユニクロに対するホワイト企業のあり方を提示します。そのホワイト企業こそ世界一位のインディテックス社。ZARAです。
ZARAはユニクロと同じくSPAの会社です。両者が共通して大事にしていることがあります。それはスピード感と在庫を生み出さないことです。
しかし、アプローチの仕方は異なります。ユニクロは店舗に集まるデータを工場に伝達し、生産管理のスピードを大事にしています。
一方で、ZARAが大事にしているのは、最新の流行を店舗に届けるスピードです。その速さ、なんと最速で十四日。デザインを決定してから店舗に届けるまでにかかる時間は、H&Mですら40日程度のようです。14日がいかにすごいスピードか分かります。
なぜこのようなことが可能なのか。それはZARAが自前のデザインチームと工場を持っているからです。通常のメーカーは独創的なデザインを生み出すスターデザイナーがいるのが一般的なようですが、ZARAに必要なのは市場の需要に応じて微調整を行うことに特化したチームです。だからZARAのデザイナーチームは若手が多いのだとか。
ZARAのスピードは様々な戦略を可能にします。たとえば、ZARAはどんな商品も最初は少量しか販売しないのだそうです。消費者の反応を見てから増産しても間に合うからです。また、ZARAは一つのシーズンで売り出す商品の半分はそのシーズン中に作ってしまうということもしているようです。
もちろんこのZARAのスピード感は流通網が整備されていなければ不可能です。さすがのZARAも全ての商品を自社で作っているわけではなく中国などの工場に委託しているのですが、それらは全て一度スペインのロジスティクスセンターに集められるのだそうです。在庫管理は一箇所で行うのがロジスティクスの基本なのだとか。中国でも売るんだから中国から配送しちゃえばいいのに~と思いますが、飛行機の往復定期便を予約しているのでコストはそんなにかからないのだとか。多少のコストよりもリズムを一定に保つことが大事なんですね。ちょっと在庫管理の勉強をしたくなってきます。
ユニクロの品番が少ないのに対して、ZARAは品番が極めて多いようです。言い換えれば、一つの商品は少量しか生産されないということです。売れる商品であれば沢山作ったほうがよさそうですが、あえて売り切れの状態にしてしまうことでプレミア価値が出るそうです。だから、ZARAのファンは新商品が出る日に店を訪れて買っていく。さらにしょっちゅう新商品が出るから、来店頻度も高くなる。結果として在庫はほとんど生まれない。在庫が積もらないから値引きをしなくいい。……ということになるわけです。それもあってか、ZARAはユニクロよりだいぶ高い価格帯で商品を提供しています。
ZARAはCMにほとんどお金をかけません。その代わりにZARAの広告塔となるのは店舗です。良い立地、良いディスプレイ、良いレイアウト、これこそがZARAの広告。ということはZARAの生命線は店舗だといえそうですが、どのようにその質を維持するのでしょうか? なんと、本社の地下にモデル店舗があり、これの写真を隔週で各店舗に送るのです。みんな、これを真似してくれよな!と。
この章は、ユニクロはインディテックスを見習え!という意図で書かれたものだと思います。ですが、小売出身のユニクロにメーカー出身のZARAを見習えというのはちょっと無理があると思います。たしかにZARAのビジネスモデルは面白いです。だからといって、カジュアルのユニクロとファッションのZARAとでは、あまりにもコンセプトが違いすぎて比較対象になりません。たぶん他業種の似たビジネスモデルの会社の方がユニクロにとっては参考になるでしょうね。
まとめ
というわけで、ユニクロとZARAの、そしてアパレル業界の勉強になる本でした。
安定を取るのか自由を取るのか。自由を選んだのがSPAです。SPAの永遠の課題は在庫リスクです。この在庫リスクをいかに減らすか。出自の異なる二社はそれぞれの道を歩んでいます。
国内の大企業にはSPAが多いのも納得です。にもかかわらずSPAに挑まない企業が多いのにも納得です。
国内では無双し、世界一位も見えるところに来ているファーストリテイリングですが、労働環境という点では課題が山積していそうです。個人的にはティム・クックから学ぶことが多そうだという気がしますが、どうでしょう。
これを書いていて、柳井さんが自ら引退を決意する時が来るとしたら、ファーストリテイリングが業績で世界一位になった時かもな~とふと思いました。