たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

『タイムリミット片想い』が乃木坂46の本質すぎた件について

 乃木坂466期生楽曲が、MVとともに、ついに発表された。

 これは乃木坂46のファンならば必見のMVだ。「ファンならば新入りの情報を追うべし」とかそういう話ではない。この楽曲は6期生という枠を超えて、乃木坂46とはどのようなグループなのか?を提示しているMVだからだ。

 


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1 なぜ春に雪原なのか?

 乃木坂46の6期生による初楽曲。そのMVは、なぜか春の楽曲であるにもかかわらず、雪原のシーンから始まる。そこに立つのはセンターの矢田萌華。彼女は写真を手にし、どこか寂しげに佇んでいる。そして、ラストで彼女は微笑みを浮かべ、倒れる──。

 なんという型破りだろうか。

 以下で語ることの前提には、一つの問いがある。

 なぜ、春の楽曲であるにもかかわらず、冬景色が映されるのか?

2 片想いの美しさと「繰り返される時間」

 歌詞に注目しよう。

 全体としては、卒業というタイムリミットを意識して、片想いを片想いで終わらせないように焦る主人公の心情が綴られている。

セオリーどおりならば

 普通であれば、こういう場合は挑戦を促すようなメッセージが伝えられることになる。

 実際、『タイムリミット片想い』でも次のようなフレーズがある。

頭の中考えるだけじゃ
恋は絶対始まらないでしょう
さあ当たって砕けてみよう(頑張って)

 だから、この歌も「ちゃんと勇気を出して好きな人には告白しよう!」という応援ソングとして聴くこともできる。

 できるのだが、本当にそうなのであろうか?

 この歌の主人公は告白をしたのだろうか?

 私は、この歌の主人公は結局、告白できなかったのではないかと思う。 

二の足を踏み続ける「私」

 ラスサビの歌詞を見てみよう。

トライアルはもうできない
そうよここから先は全部
恋は本番だけ
だから余計二の足踏む
急げ...

イムリミット片想い
卒業式が終わっちゃったら
きっともう会えない
別の道を選んだ未来
イムリミット少し前
この制服見納めになる
散り際の桜 ため息を(吐いたら)
思い出だけが空に舞うでしょう

 重要なポイントは、これが2番のサビの前半と1番のサビの繰り返しだということだ。

 この歌の構成は、次のようになっている。

1番:卒業が目前に迫っていることが提示される。

2番:それでもなかなか勇気を出せない葛藤が描かれる。

Cメロ:主人公を奮い立たせるための言葉

ラスト:これまでの歌詞の繰り返し

 1→2→Cと進むにつれて、歌詞もより前向きになっていく。にもかかわらず、ラストでは1・2番と全く同じフレーズが繰り返される。言い換えると、発展がない。後退しているとさえ言っていい。

 これは、主人公が「告白できずに終わる」という物語を示唆しているのではないか? あるいは、踏み出せないまま同じ場所に留まり続ける心情を表しているのではないか?

 個々のフレーズも、この説を補強するのに役立つ。この歌の中で一番美しいフレーズは、「散り際の桜 ため息を(吐いたら) 思い出だけが空に舞うでしょう」だろう。それに対して、「頭の中考えるだけじゃ 恋は絶対始まらないでしょう さあ当たって砕けてみよう(頑張って)」はなんともありきたりだ。前者と後者では比喩の使用の有無という差もある。この歌が叶わぬ恋の美しさを描こうとしているのは明らかだ。

 しかし、これを乃木坂46の6期生に重ねると、奇妙な違和感が生じる。彼女たちはオーディションに合格し、まさに夢を掴んだ存在だ。なぜ「告白できない片想い」というテーマが彼女たちのデビュー曲に選ばれたのか。

3 「春にして君を離れ」の意味

 春組紹介のティザームービーには、「春にして君を離れ」という言葉が添えられていた。


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 これはシェイクスピアの詩の一節だ。

Yet seem’d it winter still, and you away,
As with your shadow I with these did play.

ーー君がいなければ、春であっても冬のように感じる。

 乃木坂46とは、常に「誰かを見送るグループ」だ。メンバーは卒業し、新しい世代が入ってくる。そして、ファンはその過程を見守り続ける。6期生の楽曲に片想いがテーマとして選ばれたのは、アイドルという儚い存在そのものを象徴しているからではないだろうか。

4 乃木坂46という「永遠の詩」

 一方で、夏組には、シェイクスピアの「君を夏の日に例えようか」という一節が使われている。


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But thy eternal summer shall not fade,
Nor lose possession of that fair thou ow’st.

ーーだが、君の永遠の夏は決して色褪せることはない。

 アイドルとしての時間は、夏の日のように限られている。しかし、その時間は、乃木坂46という詩の中で永遠に残り続ける。

 そして、その詩は、ほかの全てを色褪せて見せてしまうほどに美しい。

5  始まりは卒業だ

 乃木坂46の根幹には、常に「卒業」がある。6期生を初めて目にした瞬間から、私たちの心には春が訪れているが、それはいずれやってくる冬の予告でもある。

 だが、メンバーがグループを去っても、彼女たちの輝きはファンの記憶に残り続ける。まるで、過去の片想いが美しく蘇るように。

 新人のデビューの裏には、既存メンバーの卒業もある。私たちが6期生を愛でるのは、卒業メンバーの幻影を彼女たちに見出しているからでもある。

 また、6期生側の目線に立てば、彼女たちが乃木坂46に加入するに当たっては、やはりそれまでの人生からの卒業がある。彼女たちに片想いしていた少年が無数にいることは容易に想像できる。

 新しいスタートの裏には、常に卒業があるのだ。

 『タイムリミット片想い』は、ただの恋の歌ではない。乃木坂46というグループの本質を映し出す楽曲なのだ。

 

 そして、この解釈を採用すると、『タイムリミット片想い』と、この曲が収録されるシングルの表題曲『ネーブルオレンジ』が呼応してくるのだ。

 どちらも叶わなかった片想いの美しさを歌っている。『タイムリミット片想い』の何年か後の物語が『ネーブルオレンジ』と考えることもできる。

 『ネーブルオレンジ』というシングルは、乃木坂46を再定義する1枚になると言えるのではないだろうか?

 

 それにしても、これは型破りだ。なんてったって、『タイムリミット片想い』は新人のデビュー曲なのだから。デビューと同時に卒業を歌ってしまうとは。

 気が早すぎる。

 高校の入学式で「センター試験まであと1000日しかないぞ!」って言われるくらいの勢い。

 これこそが名門校の強さだろう。

 

 ちなみに、乃木坂46の戦略の中心に卒業があるということを語った記事は↓。

weatheredwithyou.hatenablog.com

 1期生も2期生もいなくなり、3期生の卒業ラッシュが始まり、いよいよ5期生が本格的にグループの中核となるシングル。

 ここに来て、卒業こそが乃木坂46の核心であると運営が自覚したのか。あるいは、かねてからの哲学を表明するタイミングだと判断したのか。

 いずれにせよ、『タイムリミット片想い』は乃木坂46にとって超重要な楽曲となるはずだ。

 

 ついでに、理想の恋人の第一条件は死んでいることだと語ったのが次の記事。

weatheredwithyou.hatenablog.com

 

 本当はMVについてひたすら語ろうと思ったけど、まとまりが悪いので次回にしよう。