この記事は、東大法学部卒のバビボが主に中高生向けに成績を向上させるきっかけを与えられればと思って書いたものです。受験の記憶は10年以上前のものなので、不備があってもあしからず……。
前回、時代感覚を養うには基準点を作れという話をしたのですが、勢力図を把握する時も基準点を作るとよいです。
ヨーロッパがイギリス、フランス、ドイツ、スペイン、イタリア、ロシアを中心に回っているというのは日本人にもわかりやすいと思います。
今でも大国ですからね。
でも、中東あたりってなんか分かりづらいですよねー。
これは私が大学で勉強していた時に気付いたことなのですが、中東には三つの大国があります。それが
この三大国が中東の軸(=基準点)と考えると、中東の勢力図が捉えやすいのではないかなと思います。
まず、世界史の序盤で習うのがメソポタミア文明です。
メソポタミア文明の舞台がどこなのか?
イラクです。
イラクの大都市は今でもティグリス川ユーフラテス川沿いにあります。
世界史の始まりから中東の中心はイラクだし、イラクの中心はティグリス・ユーフラテス川なんですね~。
で、世界史が進んでいくと、アケメネス朝ペルシアやらササン朝ペルシアやら出てきますよね。
このペルシアってイランのことなのです。
イランもまた古くから中東の大国です。
イランはアラビア半島の外にあるというのも注目ポイントですね。
それゆえアラビア半島の国々とは毛色が違います。
サウジアラビアが存在感を示すのはもう少し後のことになります。
彼が拠点にしたメッカとメディナは、サウジアラビアにあります。
というわけで古くから世界史の舞台となっているこの三カ国ですが、今でも中東の大国はこの三つです。
中東のよく分からないところが、どの国がシーア派でどの国がスンナ派なの?っていう話なんですが、この三カ国を軸にして考えると分かりやすくなります。
シーア派代表がイランです。というかシーア派が多数を占める国は少ないので、シーア派=イランと考えても、受験勉強的には問題ないです。
イラクは地理的にイランとサウジアラビアの間にありますが、宗教的にもイランとサウジアラビアの真ん中。
イラクは人口的にはシーア派が多めで、支配者層はスンナ派という国でした。この複雑さが今もなおイラクの政治情勢に大きな影響を与えています。
中東の他の国々の動きや性質を考える時、必ずこの三カ国のどれか(あるいは全て)が関わってくると考えてよいです。
東アジアに置き換えてみると納得が行くと思います。
北朝鮮や台湾が、日本や中国と無関係に大きな動きをすることって基本的にないと思います。
また、北朝鮮は朝鮮半島の中国側だから中国と同じ共産主義で、韓国は朝鮮半島の日本側だから日本と同じ資本主義なわけです。
それと似たような構図が中東にもあるのです。
じゃあ、中東において、東アジアにおける日本や中国のポジションってどこの国が占めているの?って考えると、上の三カ国なんです。
でも、わりと独特な国もありますね。イスラエルです。なんたってイスラム教じゃなくて、ユダヤ教がマジョリティですから。
中東はイラク・イラン・サウジアラビアが軸なんだと捉えると、イスラエルの特殊性が際立ちます。
ですから、枠に当てはまる国を理解するのにも、枠に当てはまらない国を理解するのにも、枠を作ってみる(=基準点を作ってみる)ことが近道になります。
ちなみに、中東なのかヨーロッパなのか微妙ですが、トルコもこの地域では重要なポジションで昔からの大国ですね。
以上、基準点を作ろう第2弾でした。
ある程度はみなさん意識するしないに関わらず、やっていることだと思います。
なので今回の話は、アメリカVSソ連の枠の中に、さらにちっちゃい枠が各地域にあるんだよという話でもあります。
これは私が大学時代に中東の勉強をする時にあーこう理解すればいいのかーと思ったことを元にしているので、大学受験に役立つかは未知数です。
でも、シュメールの頃のイラクと今のイラクがどう繋がっていくんだろうと考えると、世界史への興味も湧いてきたりするもんじゃないでしょうか。
ちなみに、みんな大好きギルガメシュ叙事詩もパンもビールもメソポタミア文明の頃からあるものなので、我々の生活にはイラクが深く関わっているんですね~。
平和になったらぜひ行ってみたい国です。