たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

アメリカ映画ベスト100制覇への道:その43 バージニア・ウルフなんかこわくない

 中年夫婦が若い夫婦の前で大喧嘩を始める。

 

 『バージニア・ウルフなんかこわくない』は1966年の映画。監督はマイク・ニコルズ、脚本はアーネスト・レーマン。主演はエリザベス・テイラーリチャード・バートン。主演女優賞を始めとした5部門でアカデミー賞を受賞。

 

 『バージニア・ウルフなんかこわくない』には、4人しか登場人物がいない*1。しかも、場面もせいぜい三箇所を動くだけ。極めて限定された状況で物語は動く。必然的に会話劇の様相を呈する。

 上映時間は131分。これほどの時間を会話だけで観客を楽しませる秘訣とはいったい?

 第一に重要なポイントは怒りだ。怒りを伴う会話は面白いツイッターで繰り広げられるやり取りも大半が怒りを伴っている(ソースはない)。漫才だって、ツッコミはたいていキレている。

 怒っている時、人は正直だ。不快感を隠そうとしない。逆に言えば、普段のコミュニケーションにはだいたいなんらかの嘘が混じっていることが多い。人には、外に容易に晒せない秘密があるものだ。怒りを伴う会話は、そういう秘密を暴いていく

 『バージニア・ウルフなんかこわくない』に登場するのは、二組の夫婦だ。どちらも夫が大学の教員。片方は中年夫婦で、もう片方は若い夫婦。

 怒りの原因は羨望だ。若い夫婦の夫の方ニックは、若く、スポーツマンタイプで、19歳のときには博士号を得た天才。しかも専門は花形の生物学。対する、中年夫婦の夫の方ジョージは、学長の娘の夫でありながら万年助教授で、スポーツも苦手。専門は歴史学で、理系分野には疎いときている。ジョージの妻マーサは、ニックに比べるまでもなく冴えないジョージをなじり倒す。ジョージもまたニックに対して嫌味を連発する。

 さすがにずっと喧嘩が続くと見ている方も疲れるので、クールダウンが挟まる。実際の喧嘩も延々と怒鳴り合うわけではない。この映画ではクールダウンの合図は暴力だ。口喧嘩が暴力にまで発展した時、喧嘩は一つのピークを迎え、クールダウンに入っていく。

 始めはジョージに対して怒っていたニックだったが、庭先でしょぼくれる彼のもとに歩いていく。二人だけで腹を割った笑い話をする。それは幸せそうな夫婦の醜い裏事情だった。二つの夫婦が実はそっくりだったことが明らかになる。

 若い夫婦を家に送る途中、四人はバーに寄る。踊り狂う妻をニックが心配するといさかいが生じ、ジョージとマーサの間にも火花が散り、いらついたジョージがニックの妻にセクハラをして、かちんときたニックはマーサといちゃいちゃし始めて、マーサがジョージの秘密を暴露して、ジョージがニックの秘密を暴露して……と喧嘩がどんどんエスカレートしていく。

 そんな感じでなんやかんやあって、対立はマーサとニックが二人きりで家の寝室に閉じこもって何やらしているところでピークを迎える。ここでジョージはマーサへ痛恨の一撃を与える方法を思いつく……。

 まあそんな感じで、怒りが秘密の暴露を呼び、秘密の暴露が怒りを呼び……と喧嘩がどんどんエスカレートしていき、最終的に一番大きな秘密が暴露されて物語は終焉を迎える。

 世の中の人は、たいてい嘘をついて生きている。情けない自分を可能な範囲で立派に見せようと頑張っている。だが、夫婦は配偶者の虚飾を排した姿を知っている。結婚前の虚飾に惹かれ合って結ばれた二人ならば、素顔の配偶者に憎悪が生まれることもある。それでもかろうじて互いを受容して生きていくのが夫婦だ。夫婦喧嘩の中にこそ、我々は夫婦の愛を見出すことができるのかもしれない。

 妙にエロい小太りの中年女性を演じているエリザベス・テイラーは、当時なんと34歳! 事前情報なしに見たら誰もが50前後だと思うことであろう。少なくとも私はそう思った。見事な演技だ。

*1:この4人全員がアカデミー賞にノミネートされた。うち女性二人が受賞。まあ厳密に言えば、酒場の店員がちょびっとだけ登場するが。