粗野な大男と理性的な細面の警官コンビが、ヘロインの売人に迫る。
『フレンチ・コネクション』は1971年の映画。監督はウィリアム・フリードキン、脚本はアーネスト・タイディマン。主演はジーン・ハックマン。アカデミー賞は作品賞、監督賞、主演男優賞、脚色賞、編集賞を受賞。
『許されざる者』(1992)にて恐怖で街を支配する保安官を演じていたジーン・ハックマンが、麻薬の売人を追う警官を演じている。正義の味方であるポパイと悪役であるリトル・ビル。映画上の立場は真逆だが、役柄のイメージはほぼ同じ。ジーン・ハックマンは、乱暴だが正義感が強く凄腕の警官を演じるのがめっぽう上手い。強い正義感は時に狂気と化す。
そう、この物語の主人公であるポパイも、狂気を孕んでいる。
彼の狂気、そしてこの名作を象徴するのが、カーチェイスのシーンだ。ただのカーチェイスではない。電車を自動車で追うのだ。高架下の道路を爆走するポパイ。当たり前だが、道路には何も知らない無数の車が走っている*1。ぶつかりそうになったり、実際にぶつかったりしながら電車に追いつき追い越す*2。主人公が良識ある人間だったら決してできないアクションだ(良識ある制作者にはできない撮影でもある)。ポパイにはそれができてしまう。車も善良な市民から強奪したものだ。ダメ押しに、暗殺者を発見したポパイは、武器を持たずに逃げようとする敵を背後から射殺する。(ちなみに、『フレンチ・コネクション』は実在の事件を題材にしており、主人公たちのモデルになった警官たちは現場で監修を行っているし、出演もしている。)
ポパイの狂気は、映画のラストにおいて究極の形で爆発する。執念の捜査の末、ついに麻薬取引の現場を押さえた警察。単独で大物を追うポパイだったが、その際に仲間を撃ってしまう。それでも動揺は見られない。彼の目にはターゲットしか映っていないのだ。
どう考えてもポパイはヤバい奴である。そういう奴には理知的な相方が必要だ。その役割を担うのが、後に『ジョーズ』でカナヅチの警察署長を演じるロイ・シャイダー。陰気に見えるから、あだ名はクラウディ。バッドコップを演じるポパイに対して、クラウディはグッドコップを演じる。
警察官なのにヤバい奴と対置される敵は、どんなキャラクターであるべきだろうか? ポパイよりもっとヤバい奴? いや、それだとポパイのヤバさが薄まってしまう。したがって、敵は犯罪者なのにまともそうな奴であるべきだ。
というわけで、ポパイにとって本命の相手であるアラン・シャルニエは、フランスの実業家。副業としてヘロインを売っている。金持ちの彼はポパイより良い暮らしをしているのは当然のこと、振る舞いも紳士的に見える。
『大統領の陰謀』や『チャイナタウン』と同じように、ポパイとクラウディはさりげない手がかりに直感が働き、地道な調査により大物のシャルニエにたどり着く。事件の核心から遠いところから物語は始まるのだ。
このさりげない手がかりとなるのが、ナイトクラブで妙に大盤振る舞いをしている見知らぬ夫婦だった。追跡してみて判明した彼らの昼の姿は、しがない軽食屋の店長夫妻だった。街の風景に埋没しそうな平凡な夫婦が、実は麻薬の売人だったのだ。
犯罪は日常の中に溶け込み、犯罪者と正義の味方はごくごく近いところにいる。悪が我々の生活から隔絶された場所にあるわけではないことを、『フレンチ・コネクション』は描いている。