たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

『フツーに聞いてくれ』あなたには歌に残したい瞬間がありますか?

 『チェンソーマン』の感想を先に書いてしまったので順番が前後してしまうが、藤本タツキがまた素晴らしい読み切りを発表した。

 『フツーに聞いてくれ』だ。

 200Pに及んだ『ルックバック』や『さよなら絵梨』とは異なり、わずか17Pの本当の短編。しかも、作画が本人ではない。

 にも関わらず、どうしようもなく藤本タツキなのだ。

 17Pしかないので話の筋はシンプルだ。主人公は好きな女の子に告白する。愛の歌をYouTubeにアップロードしたので見てくれと告げる。だが、この女の子が悪いやつで、クラスに動画を拡散してしまう。ショックを受ける主人公だが、その動画がなぜか全世界にまで拡散してしまって……というコメディー。

 色即是空

 YouTubeで告白をするのも面白いし、それに心霊現象やらなんやらがどんどん乗っかっていくのも面白い……が、何がいいってオチの付け方がすごくいいのだ。

 主人公のアップした動画は本人の意図しない形でバズってしまう。第二作に過大な期待がのしかかる。が、奇跡が続けて起こるわけもなく、理不尽にも批判を浴びる。だが、好きな女の子だけは、主人公が動画で何を歌っていたのかを分かってくれていた。

 世間からどんな目で見られようが、あの美しい瞬間は二人だけのものなのだ。たったそれだけのことが、他のどんなものよりも尊い

 これを描くためだけの17P。フラれたことも拡散も全てはラストシーンのために必要なものだったし、不要なものは一切描かれていない。それに物足りなさを感じる人もいるだろう。新人作家がこれを描いたら編集からOKが出ないかもしれない。きっと描く方にも勇気がいる。だが、もっとギャグをてんこ盛りにしてしまったら、たぶんこの読後感はない。

 藤本タツキは『ファイアパンチ』『チェンソーマン』『ルックバック』『さよなら絵梨』と名作を連発しすぎ(しかもどんどん良くなっている)でかえって心配になる。期待感が膨らみすぎてしまいそうで怖い。そろそろ駄作を発表して、「そうそう良い作品ばっか描けないよね。にんげんだもの」と安心させてほしいが、残念ながら『チェンソーマン』第二部も最高のスタートを切ってしまった。フツーに読むのは難しくなっていくばかりだ。

 

 余談だが、遠田おとの画風の寄せ方がすごい(『にくをはぐ』は全然別物の作画だ)。逆に寄せなかったら、どんな感じなのか気になる。こはるちゃんも下のようなことを言っているけれど、それで読み切りを量産できるなら原作だけもアリだなと感じてしまった。