たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

『葉桜の季節に君を想うということ』感想(ネタバレなし)

 『葉桜の季節に君を想うということ』を読んだ。こりゃ面白い。

 

 

 この小説は、主に五つの部品から構成されている。

  • 成瀬正虎による詐欺グループ蓬莱倶楽部の捜査
  • 麻宮さくらとの恋
  • 古谷節子が蓬莱倶楽部の一員になる過程
  • ヤクザ業界で起きた殺人事件
  • 友人(72)の娘(17)の捜索

 それぞれのストーリーは、それぞれに異なった趣がある。メインの軸である蓬莱倶楽部の捜査はスパイ物のテイストだし、麻宮さくらの話は当然ラブロマンス、古谷節子編はメインストーリーを中からの視点で描いたもの、ヤクザ編はミステリー、娘探しはお宝探し。ものすごく美化して言えば、『ルパン三世』と『めぞん一刻』と『DEATH NOTE』と『名探偵コナン』と初期『ドラゴンボール』の詰め合わせセットみたいな雰囲気である。

 Wikipediaの情報によると、この本は442ページ。ちょいと厚めだが、まあ標準的なサイズに収まっているとはいえるだろう。そこにテイストの違った五つの話が詰め込まれている。単純に5で割れば、それぞれ88ページ程度なわけだから、短編ぐらいのサイズ感になる。というわけで、テンポよく、色とりどりの物語を楽しむことができる。寿司の詰め合わせセットみたいなものである。

 しかし、この本は短編集ではない。あくまで一本の大きな物語の中で、語られることが移り変わっていくのだ。ここが肝である。つまり正確を期せば、寿司の詰め合わせセットというよりは、五種盛りの海鮮丼と形容すべきかもしれない。

 すべての話にオチがつくのは、『葉桜の季節に君を想うということ』という本の最後。「え!? 誰がヤクザを猟奇的に殺害したの!?」という興味をそそられたまま、物語は別の話題へと移行してしまう。でっかい謎があるのに、一向にそれに迫ることなく話が進んでいく。一方で、どこかでそれぞれの話が繋がっているという予感もあり、イライラはしない。むしろ気になることが増えていくから、ただ早く先を読みたくなる。焦らしに焦らしを重ねた、見事な焦らしプレイである。こうなるともはや五種盛りの海鮮丼ではなく、五目焦らし(五目ちらし*1)である。

 しかも、普通ならば、終盤に行くにつれて徐々に謎が解明されていくはずだが、この小説にはそれがない。残りのページ数が少なくなってきても、全く謎が解明される気配がないのである。だから余計に焦る。

 そして、物語はある時点を境に、五つのストーリーが一点に収束していき、急速に結末を迎える。この点が実に鮮やかであり(海鮮だけに)、『葉桜の季節に君を想うということ』が語り継がれる理由になっている。

*1:こういう補足情報を入れた方がいいのか入れない方がいいのかは悩みどころである。