たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

『風と共に去りぬ』はオタサーの姫とサークルの崩壊を描いた映画だった

アメリカ映画ベスト100制覇への道:その10 風と共に去りぬ

 名前だけなら映画好きでない人も含めて日本人のほとんどが知っているであろう名作。それが『風と共に去りぬ』だ。

 アメリカ南部で地主の娘としてモテモテライフを送っていたスカーレット・オハラだが、彼女が愛するアシュリーはメラニーと結婚してしまう。南北戦争が始まり、スカーレットは彼女を慕うレット・バトラーの助けを借りつつメラニーと共に戦禍をくぐり抜けていく……。というのがあらすじ。

最高のタイトルバック

 まず初っ端から胸が震える。夕暮れの農場をバックにGONE WITH THE WINDとタイトルが横に流れていく。あの名曲をBGMに。

 このカットこそがこの映画の全てだ。この時点で名作であることが確定していると言っても過言ではない。この映画は人生の夕暮れを描いているのだ。光に満ちた一日が終わる瞬間。先に待ち受けるのは暗い夜だ。しかし、いずれまた日は昇る。(この映画のラストは"Tommorow is another day!"というセリフで締めくくられる。)その美しさ、儚さ、希望。ここまで完璧なタイトルバックにはそうお目にかかれない。


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前編

 この映画では南北戦争前のアメリカ南部を一種のユートピアとして描いている(もちろんそれはスカーレット・オハラの主観によるものだが)。黒人が奴隷として存在し、貴族のような白人が君臨し、豊かな農場の広がる世界。まるでおとぎ話の中の王国のよう。大地主の令嬢であるスカーレット・オハラはほとんどお姫様だ。

 美しいスカーレットは男を虜にする魔性の女だ。誰彼構わず色目を使い、周囲の男の気を引いていないと気がすまない。今で言うオタサーの姫サークルクラッシャーである。

 そんなスカーレットだが、唯一、本当に好きだったアシュリーにだけは振り向いてもらえない。物語はアシュリーがメラニーと結婚するという噂をスカーレットが聞くところから始まる。

 メラニーは心優しく、常に他人を気遣う聖母のような女性である。みんながスカーレットの陰口を叩く中、メラニーだけはスカーレットの良いところを認めて擁護してくれる。

 対するスカーレットは、フラれた腹いせに興味のない男(アシュリーの弟)と結婚するような嫌な女だ。夫が戦死しても、頭の中はパーティーのことでいっぱい。パリピ中のパリピ。今で言う港区女子である。

 奥さんにするならスカーレット・オハラよりメラニーという男性は多いに違いない。スカーレットはアシュリーに告白し結婚の破談を迫るが、アシュリーはスカーレットの美しさに揺れる自分がいることを認めながらも、きっぱりと断る。

 その一部始終を陰で見ていたのがレット・バトラー。スカーレットが怒る一方で、バトラーはスカーレットに対する好意を抱き始める。

 そんな折に、南北戦争が始まる。

 男たちは戦場へ行き、多くは死に、残りは傷を負って帰ってくる。看護師として働くため病院に駆り出されたスカーレットは凄惨な光景を見ることになる。美しかった大地は戦火に呑まれていく。

 スカーレットは出産したばかりのメラニーと共に、レット・バトラーの助けを得つつ、地獄のような街から故郷のタラへと帰っていく。そこに救いがあると信じて。

 しかし、辿り着いた先に待っていたものは、荒れ果てた屋敷と、母の死と、精神に異常をきたした父親(と生き延びた使用人たち)だった。

 もはやタラはおとぎ話の国ではなくなっていた。世界は終わったのだ。

"I'm never be hungry again!"

 スカーレットが夕日に誓う場面で終わる前半は、単体で一本の作品として完成されている。父親や使用人に甘えていたお嬢様が、苦難を乗り越えて逞しい女性へと成長していく姿は実に感動的だ。

後編

 後編では戦後が描かれる。母は死に、父は精神に異常をきたしてしまい、女頭領として生きていくスカーレット。"I'm never be hungry again!"の精神で、人も殺せば、妹の婚約者も奪う。したたかに生きていく彼女は、あまりにしたたかすぎて周囲から疎まれてしまう。ついにはスカーレットがある事件に巻き込まれたことがきっかけで、二番目の夫も死亡する。

 スカーレットのことを想い続けてきたレット・バトラーがここにきて強く迫り、二人は結婚することになる。スカーレットは求婚を受け入れた理由を、金のためであるだけでなく、バトラーのことを嫌いではない("fond of you")からと述べる。実は前半で、バトラーは"I love you"という言葉が欲しいとスカーレットに言っており、スカーレットは「一生待っても聞けないわよ("Perhaps something you'll never hear from me, Captain Butler, as long as you live")」と応じていた。ここでもやはりスカーレットはバトラーの求めていた言葉を言わなかったわけである。

 一方で、スカーレットの想い人であるアシュリーは戦争を生き延び、タラに帰ってきていた。他の男たちと結婚しながらもアシュリーを思い続けるスカーレット。スカーレットに惹かれながらもメラニーへの愛を貫くアシュリー。

 それまで飄々としていたバトラーだったが、結婚を境に徐々に嫉妬に狂っていく。不安定な関係を繋ぎ止めていた子が死に、メラニーが死ぬと、バトラーはスカーレットの元を去る。ようやくバトラーへの愛に気付いたスカーレットは"I love you"と伝えるが時すでに遅し。

 悲嘆に暮れるスカーレットだが、タラに帰ってバトラーを連れ戻す方法を考えようと再び夕日に決意するのだった。

世界の終わりを描いた作品

 というわけで、風と共に去りぬ』は終わりゆく世界を逞しく生きる女性を描いている一種の失楽園ものといってもよいのではないだろうか。大河ドラマであり、青春映画の雰囲気がある。

 スカーレット・オハラは豊かだった南部の暮らしの喪失を経験するが、アシュリーという亡霊だけが生き続けた。メラニーの死をきっかけにスカーレットは亡霊を断ち切って、ようやく本当に現実と向き合い始める。

 ただし、失楽園と言いつつ、スカーレット・オハラの心の支えになるのはタラの地だ。タラを居場所と定めることでスカーレットは力強く生きていくことができる。居場所がなくなってしまった人々の物語である『怒りの葡萄』とは真逆だ。真逆であるからこそ、テーマは共通している。

 『風と共に去りぬ』に似た作品は色々ある。たとえば、はだしのゲン』はかなり近いアメリカに無謀にも挑んで負けた国の話という意味においても、両作品は完全に一致している。『はだしのゲン』は『風と共に去りぬ』だった。(『はだしのゲン』における楽園は、戦時中の日本ではなく、たぶん家族だ。)

 先週公開された『バビロン』もサイレント映画時代の終わりを描いた作品だ。『バビロン』は新しい時代を逞しく生きるという要素は薄いものの、やはり青春映画の感じは強い。

 ちなみにここで言う青春映画とは『ウォーターボーイズ』や『スウィングガールズ』のような青春真っ盛りの映画ではなく、青春を懐かしむ映画のことを指している。青春の一番美味しい時期は、「あの頃は青春だった……」と懐かしんでいる時だと私は思う。(じゃあ『ウォーターボーイズ』は青春の旬が分かっていないのかというとそうではなくて、現代の日本の高校を舞台に設定することで、あえて作中で語らずとも観客が自ずと青春を懐かしく感じるようにできているのだ。)

スカーレット・オハラは完璧なヒロインである

 『風と共に去りぬ』を面白く感じるか否かは、スカーレット・オハラを許せるか否かにかかってくるだろう。スカーレット・オハラはかなり性格が悪いっちゃ悪いので、ここで好き嫌いが激しく分かれると思う。

 私にはスカーレット・オハラのたくましさ、その裏にある純真さ、優しさは、彼女の愚かさを補って余りある魅力だと思えるのだが、それは映画を見れば誰にでも分かることなのであえて擁護はしない。

 ただ、じゃあスカーレット・オハラがもう少し品行方正ならさらなる名作になったかというとそんなことは全然ない。むしろスカーレット・オハラは完璧なヒロインなのである

 彼女の特徴を挙げると以下のような感じになる。

  • ちょっとおバカな女性
  • あざとい女性
  • 好きな人に猛アピールする女性
  • 一途な女性
  • 好きな人に振り向いてもらえない女性
  • 強い意思を持っている女性
  • 振り向いてくれない女性
  • 好きな人に素直に好きと言えない女性

 おそらく、世の中の人気ヒロインはこの中のどれかに当てはまるのではないだろうか。スカーレット・オハラこれらの属性すべてを同時に備えているのである。スカーレット・オハラ半端ないって! そんなんできひんやん普通! これは単に属性が多いからどんな嗜好を持っている人にも刺さる可能性があるという話にとどまらず、この矛盾性、多面性がスカーレット・オハラに深みを与えて唯一無二のヒロインに仕立て上げているのである。

(もちろん代償はあるので、少ない属性しか備えていないヒロインが劣っているというわけではない。)

 ちなみに、スカーレットはあえて間違った帽子のかぶり方をして、レット・バトラーに直してもらうというテクを披露している。『silent』の夏帆の先祖である。

 

 というわけで、最高のタイトルバックと最高のヒロインを備えた『風と共に去りぬ』は最高の青春映画だった。今まで見た10本の中では私の心に一番深く突き刺さった。『スミス都へ行く』と『オズの魔法使い』を押しのけてアカデミー作品賞に輝いたのも納得の名作中の名作だ。