『最悪の予感 パンデミックとの戦い』を読んだ。
アメリカのコロナ対策が失敗する経緯を描いたノンフィクションだ。
アメリカが本格的にパンデミック対策に取り組み始めたのは、意外にも、あの子ブッシュの働きかけによるものだった。今では信じられないことだが、それまでパンデミックを防ぐにはワクチンをなるべく早く開発するしかないと思われていたそうだ。というのも、ソーシャルディスタンスを取ることは、スペイン風邪が流行った時代に試みたが失敗に終わった(と認識された)過去があるからだ。しかし、改めて検証してみると、ソーシャルディスタンスがパンデミックの押さえ込みに有効であることが分かった。この研究の発端が13歳の少女の自由研究だというから驚きである。
ちなみに、最も有効なのは学級閉鎖だった。これはアメリカならではの事情もある。アメリカでは半数の子どもがスクールバスを利用している。スクールバスはアメリカの全公共交通機関を合わせた二倍の乗客を運んでいるというのだ。しかも、学校に着いてからも、子どもたちに与えられる空間は狭い(これは日本にも通じる)。さして広くもない教室にぎっしり生徒が詰め込まれているわけで、オフィスワーカーに与えられる空間よりも圧倒的に狭いのだ。さらにいえば、大人と子供とではコミュニケーションの方法がまるで違う。バス停で大人同士は一定の距離を保つが、子どもは密着しておしゃべりに興じる。
定説を覆すのは容易ではなかったが、どうにかこうにか新たな対パンデミック計画が策定されるに至る。
そして、本当にパンデミックが起きた時、何が起こったか? 米国政府とCDCは何もしないことを選択した。ソーシャルディスタンスを強制することはパンデミック対策にはなるが弊害もある。学級閉鎖なんてすればアメリカ中の家庭に大きな影響を与えるのだ。パンデミック対策を実施するのには大きな責任を伴う。政府とCDCは責任を負わない道を選んだ。
CDCがそのような選択に及んだのには理由がある。かつて豚インフルエンザが流行し始めた際、CDCは全国的なワクチン接種を押し進めた。大人数がワクチンを接種すればなんらかのトラブルは必ず起こる。この時もワクチン接種直後に死ぬ人がポツポツと現れた。一方、インフルエンザはパンデミックを起こす前にどこかへ消えてしまった。結果どうなったかといえば、CDC所長の首が飛んだ。その後、CDCの所長は大統領が指名することになり、政府のCDCへの支配は強まった。それから数十年後、また別の豚インフルエンザが流行の兆しを見せ始めた時、CDCはなんらの対策を取らなかった。結果、またも豚インフルエンザはパンデミックを発生させることなく消滅した。こうして、アメリカはパンデミックの兆しに対しては何もしないことが正しいと学んできたのだ。
この本には何人もの英雄が描かれる。コロナウイルスの拡大を誰よりも早く予測し、対策を提案していた人たちだ。それにも関わらず、官僚機構によって彼らの取り組みが潰される様子は悲劇だ。
結果として、現在アメリカは104万人の死者を出している。これは世界でダントツの数字だ。参考までに、アメリカは第一次世界大戦で12万人、第二次世界大戦で29万人の死者を出したそうだ。*1
翻って、日本はどうかというと、コロナでの死者数は40,829人(令和4年9月4日現在)。人口あたりの死亡者数は、大国の中ではかなり低いほうだ。世界一の高齢化大国であるにも関わらず、だ。
結果だけ見れば、日本はかなり、いや驚くほど、よくやっている。にも関わらず、相変わらず出羽守が散見されるのは誠に不思議だ。
参考に、初期の事例を貼っておこう。ダイヤモンド・プリンセス号で集団感染が発生した当時の記事だ。
簡単に話をまとめると、過剰な検疫は人権侵害であり、横浜検疫所長の責任を問え。イタリアのコスタ・スメラルダ号では12時間で乗客は解放されたぞ、という内容である。この記事が出てからの一時期、イタリアがコロナウイルス感染者数で世界を牽引する存在となったのは記憶に新しい。
「アメリカでは~」「イギリスでは~」といった言説にどれほどの意味があるのだろうか? 失敗した政策の責任を追及することはいつでも正しいのだろうか?
今まで私はコロナウイルスに関して、たぶん無関心に生きてきた方だと思う。ワクチンを打って、手洗いをして、マスクをして、それでも感染したらその時はその時だろというスタンスだ。それ以上にできることがあるわけでもないから、国内の感染状況も政府の対策もなんら知る必要がない。言うまでもなく日々の感染者数など全くチェックしていない。反ワクチンの人々を内心で馬鹿にしているが、彼らに反論できるほどの材料はなんら持ち合わせていない。
そんな人間であったが、こういう本を読むと、興味が湧いてくる。一体、今はどんな状況なのだろうか? ということで、簡単に調べられることを簡単に調べてみた。
日本の死者数
基本的なデータをおさえておきたい。つまり、日本の死亡者数の総数だ。これを把握しておかないことには、コロナウイルスの脅威を過大評価してしまいかねない。情報のソースは以下のサイト。
2019:1,381,093人
2020:1,372,755人
2021:1,439,809人
2021年中の死因の割合ランキングは次のとおり。
- 悪性新生物 26.5%
- 心疾患 14.9%
- 老衰 10.6%
- 脳血管疾患 7.3%
- 肺炎 5.1%
- 誤嚥性肺炎 3.4%
- 不慮の事故 2.7%
- 腎不全 2.0%
- アルツハイマー病 1.6%
- 血管性および詳細不明の認知症 1.6%
- その他 24.5%
アメリカの死亡者がどれだけ大きいか考えるためにちょっとした計算をしてみよう。アメリカの死亡者数は104万人。アメリカの人口は3.3億人で日本の人口は1.3億人だから、104万を3で割って*2、さらに2.5年で割ってみよう。13万くらいになる。アメリカの状況を日本に落とし込んだ場合の年間の数字だ(少し少なめに見積もっている)。この数字を日本の死因ランキングにぶっこむと、なんと4位に入る! ア、アメリカさん、マジパネェっすよ!(ちなみに、ここ一週間の日本のコロナによる人口あたり死亡者数はアメリカを上回っている。)
2020年の死亡者数について
2020年に死亡者数が減少しているが、これは11年ぶりの現象とのこと。肺炎が原因の死亡者が17,068人減ったのが大きな要因かもしれない。
なぜ肺炎による死亡者が減ったのか? そこまでは書いていない。とはいえ、素人が真っ先に思いつくのは、コロナ対策により風邪やらインフルエンザやらにかかる人が激減したのではないかという仮説だ。
実際、次のExcelファイルを見ると、インフルエンザの感染者数が激減している事がわかる。
https://www.mhlw.go.jp/content/000913912.xlsx
2019:1,876,083人
2020:563,488人
2021:1,071人
2016~2019年は一貫してインフルエンザの感染者数が150万人を超えていることを考えると、偶然によるものとは考えがたい。
厚労省によると、季節性インフルの感染者は例年1000万人と言われ、超過死亡は1万人と推計されているらしい。
もしこの仮説が正しいとすると、インフルエンザを圧倒的に上回るコロナウイルスの感染力が分かる一方で、実は意図しないところで感染対策が劇的な効果を挙げていたということも言えそうだ。が、これは所詮仮説に過ぎない。検証されない限り仮説は妄想に等しい。これからインフルエンザが流行するかもしれないし、そもそも2021年は2019年の死亡者数を上回っている。一万人以上増えたのは、その他、老衰、アルツハイマー、心疾患のようだ。
自殺者数について
コロナウイルスへの対策を取ることによって自殺者が増加するという言説が存在した。実際のところどうなのだろう?
2019年以降の自殺者数を確認してみよう。()内は前年比。ソースは警察庁ウェブサイト。
2019:20,169人(-671人)
2020:21,081人(+912人)
2021:21,007人(-74人)
一方、コロナウイルスによる累積死亡者数は、
2020/12/31:3,459人
2021/12/31:18,385人(つまり2021年の死亡者数は14,926人だ。)
(余談だが、2022/1/1~2022/9/1の死亡者は21,805人である。)
もし仮に日本のコロナ対策が平均的なものであった場合に、人口あたり死亡者数が世界平均並になるとしよう。データは以下のサイトのものを使わせてもらう。
2021/1/1時点での100万人あたり死者数は
世界:242.8
日本:28.1
である。日本の死亡率が世界平均だった場合の死亡者数は、あえて少し少なめに見積もって実際の8倍になるとしよう。その場合、2020年の死亡者数は、27,672人になる。自殺者の純増がすべてコロナウイルス関係の出来事に起因するとしたとして(というか全自殺がコロナを原因とするものだったとしても)、コロナ対策をないがしろにしていた場合の死亡者の方が多いことになる。
単純に死者の数だけを比較するのなら、たとえ自殺者が増えたとしてもコロナ対策をした方がよいと言えそうだ。
ただし、死者の質に注目すると、コロナ対策反対論者を支持する材料はある。若年層(30歳未満)に注目すると、2019年~2021年の自殺者数は次のとおり。
2019:2776人
2020:3298人(+522人)
2021:3361人(+63人)
対して、年末におけるコロナウイルスによる若年層の累積死亡者数は以下のとおり。
2020/12/30~2021/1/5:2人
2021/12/29~2022/1/4:29人
(ちなみに2022/8/24~2022/8/30は81人。)
2020年の数字を8倍しても自殺者数の増には追いつかない。というわけで「若者の命は老人の命より重い」説を支持する場合には、コロナ対策に反対する言説に一理もないわけではない。
とはいっても、上で挙げた自殺者数は要因を考慮していないので、本当にコロナ対策によって若者の命が失われているのかというのは検証が必要だろう。(そして状況は変異しないという前提が正しいのかどうか、コロナ対策と自殺対策は両立不可能なのかも検討する必要があるだろう。)
今日はとりあえずこんなところでやめておこう。考えてみれば、コロナウイルス関連ほど充実したデータが揃っているものはないのではなかろうか。個人的に研究してみると面白いかもしれない。
*1:https://www.hns.gr.jp/sacred_place/material/reference/03.pdf
*2:なぜ人口で割るのかというと、感染者数は各国の検査スタンスによって歪められてしまう可能性が高いから。