今週のお題「冬のスポーツ」
現在、北京オリンピックが開幕中です。
羽生結弦が4回転半に挑戦したり、平野歩夢が疑惑の判定を食らいながらも金メダルを獲得したり、ショーン・ホワイトが引退したり、ロコ・ソラーレが決勝に進出したり、様々なニュースが生まれています。
終盤で最も話題になっているニュースの一つがフィギュアスケートの女子シングルです。
話題の中心にいるのは、15歳の少女。その名もカミラ・ワリエワ。
4回転ジャンプとトリプルアクセルを武器に、世界最高得点を3回も更新し、現在も記録を保持している。シニアに来てから負けたことがないという圧倒的な金メダル候補。
しかし、フリーの演技は精彩を欠き、4位に。まだあどけなさの残る少女が世界中の非難を浴び、コーチに叱責され、さめざめと泣く姿は非常に印象に残りました。
状況のまとめ
ニュースになっているのは知っていたけどスルーしていた、試合を見て初めて何があったのか興味が湧いた、という人も多いのではないでしょうか。私はそうです。
ところが、後から時間軸を遡ってニュースを追うのは意外と難しかったりします。グーグル先生は最新のニュースしか教えてくれません。ニュースサイトも「これまでのニュースは見てきてるよね?」という態度で報道するのが常です。日々新しいニュースが登場するのだからいちいちこれまでの経緯をまとめてらんないというのは理解できますが、困ったものです。
どうしたものか? 私は一つのことに気づきました。ググるのではなく、特定のニュースサイトの中で検索すれば、遡りやすいのでは?と。(ちなみに、Wikipediaを見るのも一つの手です。)
そこでNHKニュースを利用してみることにしてみました。なんか信頼できそうだし、五輪用のページを立ち上げていて上手いことフィギュアスケートだけの記事がまとまっていたからです。
その成果を以下にまとめます。
ドーピングの発覚
彼女が大会中に最初にニュースになったのは2月7日。団体戦に出場したワリエワは順当に4回転サルコウとトーループを決め、オリンピックで4回転ジャンプを成功させた初めての女子選手となりました。金メダル獲得に大きく貢献します。
次にニュースとして登場したのが2月11日。ドーピング問題で団体戦のメダル授与式が行われなかったという情報があった中で、正式に発表されたのがこの日のようです。
2021年12月のロシアの大会でワリエワに行った検査の結果、禁止薬物であるトリメタジジンについて陽性反応が出たというものです。これが発覚したのが2月8日。
検査結果を発表したのはITA(国際テスト機関)。ロシアアンチドーピング機構(RUSADA)はこれを受けて、ワリエワの資格を一時的な資格停止処分を行ったが、ワリエワ陣営は抗議。処分は解除されます。
処分が解除されたことに対し、IOCはCAS(スポーツ仲裁裁判所)に不服申立をすることになりました。
ワリエワのドーピング疑いでITAが声明 “禁止薬物の陽性反応” | フィギュアスケート | NHKニュース
2月12日。CASはIOCとWADA(世界アンチドーピング機構)からの不服申立を受理したと発表。ちなみに、本来であればWADAが単独で担当する案件のようで、IOCがここに加わっているのは問題の迅速な解決のためのようです。
その後、ワリエワが練習したとか、IOCが年齢に配慮した対応の必要性について言及するなどのニュースがあります。
CASの裁定:出場は継続される
CASの結論が出たのが2月14日。出場継続は妥当だということになりました。
その理由として、
- 16歳以下は要保護者にあたり、証拠の基準や制裁が低く定められていること
- 検査は12月に行われたものであること
- 順位を後から取り消すことはできるが、出場機会を後から認めることはできないこと
が挙げられているようです。
これに対して、WADAは処分の解除は規程に合致しないことを改めて指摘。USOPC(アメリカオリンピックパラリンピック委員会)のCEOが失望を表明。IOCは、決定されたのは出場の可否に過ぎず、問題の結論はまだ出ていないとして、ワリエワが3位以上に入賞すれば授与式は行わないことを発表しました。
ワリエワ “祖父の薬” 混入の可能性主張 CASが裁定文書公開 | フィギュアスケート | NHKニュース
IOCはワリエワの成績は暫定的なものとして扱う
2月16日。IOCはワリエワの成績は暫定的なものとして扱うと明言し、ワリエワが3位以上に入った場合に4位の選手にメダルを与える余地を残しました。
また、ニューヨーク・タイムズは禁止ではない薬物が2種類検出されたことを報道しました。USADAの幹部は、持久力の向上や疲労軽減を目的にしているものと見られるとコメントしたようです。ワリエワ陣営は、ワリエワの祖父の薬が混入した、トリメタジジン以外の2種類については事前に申告済みであることを主張しているそうな。
IOC ワリエワの成績は“暫定的”フィギュア女子シングル | フィギュアスケート | NHKニュース
ここまでの流れがまとまっているのが以下の記事。
フィギュア ワリエワ 【詳しく】なぜ出場継続? メダルは… | フィギュアスケート | NHKニュース
ロシア側の主張
ロシア側はどうかといえば、やはり反発。以下のように主張しているようです。
ドーピング規程は、オリンピックの期間中にドーピング違反の疑いがあった場合にのみ、結果の再検討が行われると表現されている。
フィギュア ワリエワの順位「暫定的なもの」 ROC「強く反対」 | フィギュアスケート | NHKニュース
競技の結果
結果は前述のとおり、ワリエワは実力を発揮できず4位に。優勝はROCのアンナ・シェルバコワ、2位はやはりROCのアレクサンドラ・トゥルソワ、3位は日本の坂本花織でした。
涙にくれる15歳は今や悲劇のヒロインとなり、世間の批判の矛先は名伯楽エテリ・トゥトベリーゼに移っています。演技後のワリエワを叱責する姿がカメラに映っていたようで、批判の的になっています。
銀メダルに輝いたトゥルソワがブチギレていたのも話題になっていますね。(金メダルを獲得したのに影が薄いシェルバコワよ……。)
ドーピング規程について
ロシア側の主張(オリンピック期間中にドーピング違反の疑いがあった場合のみ結果の再検討が行われる)には一理あるのでしょうか? これを確かめるにはドーピング規程を読んでみるのが一番です。ググると、以下のサイトが見つかりました。
世界アンチ・ドーピング規程|日本アンチ・ドーピング機構 | Japan Anti-Doping Agency (JADA)
とりあえず気になるのがドーピングの要件です。アンチドーピング規則違反は第2条に規定されています。今回の件に関連しそうな部分を簡単にまとめると以下のような感じです。次のいずれかに該当すればドーピング認定されるっぽいです。
- 検体に禁止物質等が存在すること
- 禁止物質等を使用すること(故意等を証明する必要も、効果が出る必要もない)
これを見る限り、現状では、ワリエワがドーピングしていないという主張は無理筋な気がします。
ロシアの主張はおそらく第9条に基づくものです。
個人スポーツにおける競技会(時)検査に関してアンチ・ドーピング規則違反があった場合には、当該競技会において得られた個人の成績は、自動的に失効し、その結果として、当該競技会において獲得されたメダル、得点、及び褒賞の剥奪を含む措置が課される。
たしかに、成績が失効するのはあくまでその競技会に限られるように見えます。
が、おそらくIOC等、ロシア以外の関係者が問題にしているのは資格が停止されるか否かにあるものと思われます。資格停止中の競技成績は無効になります。10.10にはこうあります。
第 9 条に基づき、検体が陽性となった競技会における成績が自動的に失効することに加えて、陽性検体が採取された日(競技会(時)であるか競技会外であるかは問わない。)から、又はその他のアンチ・ドーピング規則違反の発生の日から、暫定的資格停止又は資格停止期間の開始日までに獲得された競技者のすべての競技成績は、公平性の観点から別途要請される場合を除き、失効するものとし、その結果として、メダル、得点、及び褒賞の剥奪を含む措置が課される。
規程を流し読みした感じでは、問題の焦点は「再検査で陽性が出るか否か」になる気がします。もしそれで陽性と出れば、故意でなかろうが、ワリエワは2年~4年の間、競技会に出場できないっぽい印象です。
ですが、以下のサイトによると、
ワリエワは現在16歳未満のため、WADAの規定では「要保護者」に当たる。
この立場だと処分が軽減される可能性があり、通常4年間の資格停止が、警告もしくは最長でも2年間の資格停止にとどまることが考えられる。
だそうです。私の検索能力では、禁止物質が発見された場合に関して要保護者なら免責されるとする文言は見つからなかったのですが、たぶん記事が正しいのでしょう。ワリエワたんのことを考えるとそうであってほしい……。
私見
ここからは私の感想を垂れ流します。
ロシアの選手はみんなドーピングしているか?
今回、ロシア勢は異次元の演技を披露しました。優勝したシェルバコワは4回転フリップを2回、しかも綺麗に決めています。銀メダルのトゥルソワは4回転トーループ、サルコウ、フリップ、ルッツを成功させています。ワリエワも本来はトーループ、サルコウを跳び、トリプルアクセルもできる選手です。
これは一昔前の男子よりはるかに難しいジャンプ構成です。エヴァン・ライサチェクは4回転を飛ばずにバンクーバーオリンピックの金メダルを取りました。私はトゥルソワの演技を見て鳥肌が立ちました。
当然、他国はこのレベルについていけません。ロシア女子だけが異様なスピードで進化しているのを見ると、「どうせトゥルソワも……」と思いたくなる気持ちは分かります。
ただ、これだけ注目されている状況でドーピングして臨むか?というのは大いに疑問です。リスクが高すぎるので、少なくとも今大会に関してはドーピングはしていないんじゃないかと思います。
ワリエワの検体から検出された物質も持久力を向上させるもののようです。ということは、その効果はあくまで「4回転ジャンプを跳んでも疲れない」ことであって、「跳べない4回転ジャンプを跳べるようにする」ことではなさそう。つまり、彼女たちは地力で4回転ジャンプを跳んでいるはず。
「いやいやロシアは検出されないドーピングの方法を開発したんだ」という説も考えられますが、ワリエワが陽性になった理由を説明できないので可能性は低そうです。
たしかにロシアにドーピング文化がある可能性は否定し難いものがありますが、それを以て全員がいつでもドーピングしていると断ずるのは乱暴です。それがありならプルシェンコもヤグディンもドーピンガーだったのか?と。直接的な根拠がないのなら、私は素晴らしい演技をした(してきた)選手たちを信じます。(できればワリエワの疑惑も偽陽性であってほしいものです……。)
エテリコーチは極悪非道か?
上述のとおり、ワリエワを叱責したことで、エテリ・トゥトベリーゼコーチに非難が集まっています。
ワリエワが単独でドーピングに及んだとは考えづらいことからコーチに疑惑の目が向けられるのは分かります。しかも、このコーチ、今回の三人に加え、メドベージェワ、ザギトワ、リプニツカヤを育てたメダル請負人。その成績の裏にドーピングあり、というのはこのコーチを認めたくない人にとっては実に魅力的なストーリーです。もし真実であれば、このコーチは鬼に違いなく、傷ついているワリエワを責めたこともその非情性が現れたケースと言えるでしょう。
一方で、世界のトップに何人もの選手を送り込むというのは、普通の人間には計り知れない領域です。彼女の目にはワリエワが勝負を捨てたことが分かって、どれだけ可哀想でもそれを許してはならないと判断した、というのもありうる話です。
燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや。とかく超一流の世界というのは常人には理解できないものです。当事者の認識やドーピング問題の責任の所在が分からない現状において、部外者が彼女を断罪していいのか?という疑問は感じます。(ドーピングにエテリが関わっていない可能性がどの程度あるかは微妙なところですが……。)
仮に彼女が真っ黒だったとしても卓越した何かがなければ結果は出せていないはずで、彼女から学べることはないのかを考えた方が、傍観者でしかいられない我々にとっては有意義なのかなあと考えたりもします。
ロシアの選手より日本の選手の方が良い?
ツイッターやヤフコメを見ていると、「ロシアの選手はジャンプを跳ぶことに関しては抜きん出ているが、感動するのは日本の選手の演技だ」みたいな感じの意見が散見されました。
これに関しては特に本当にそうだろうか?というのを強く主張したい。
絶対にとてつもないバイアスがかかっていると思うのです。だってロシア勢がドーピング問題で揺れている中で、日本人が日本人を称えているのですから。
- ロシア=悪=醜
- 日本=悪ではない=正義=美
という図式を脳内で作り上げ、その尺度に基づいて評価をすることは容易に想像できます。
しかも、日本には浅田真央という表彰台の常連がいて、彼女の引退以来、メダルは遠ざかる一方だったわけです。対して、ロシアは一時期の衰退が嘘のように躍進を遂げていた。これに関するルサンチマンが「日本のほうが感動する」説を生み出した可能性もあります。
そもそも感動的度という尺度自体が人によって違う、曖昧なものです。
そのような曖昧かつ確実に歪んでいる尺度でスポーツを語らないでほしい。弱者の強者に対する嫉妬が感じられてめちゃくちゃダサい。なにより、ロシアの選手の努力を否定しないでほしい。
私は最終グループしか見ていませんが、ワリエワの演技が一番美しいと感じました(ジャンプがボロボロでも!)。ただ、私は天邪鬼だし美女に弱いので、これもバイアスがかかっている可能性があります。ですが、坂本選手を否定しようとは思いません。彼女もスケーティングが良かったし、銅メダルにふさわしい演技だったと思います。
まあ「ロシアの選手と日本の選手、どちらが幸せか?」という問であれば、日本の選手なんだろうなあ……とは私も思いますがね。
フィギュアスケートはジャンプだけの競技じゃない?
上の論点とかなり近いですが、「最近のフィギュアスケートはジャンプ偏重だ。フィギュアスケートはジャンプだけの競技じゃないでしょうが!」みたいな意見もあります。
これに関しても「お前は4回転ジャンプを跳びまくるのが日本勢だったとしても同じことが言えるんだな?」と言いたい。
これについてはかなり前から似たようなことが言われています。現在の採点方式になったトリノ五輪の頃から「フィギュアスケートから美しさがなくなった」みたいなことを言う輩がいました。
旧採点方式がどういうのかといえば、ざっくりいえば現在のスノーボードハーフパイプみたいな感じです。平野歩夢選手が謎の低得点を付けられて、採点方法に疑問の声が上がっているのは記憶に新しいところです。
結局、万人が認める採点方法なんてものはありえないのです。4回転ジャンプの点数を下げれば、確実に「難しいジャンプの価値をもっと認めろ」という声が上がります。
で、もし大切なのはジャンプじゃないと思うなら、アイスダンスを見ればいいんですわ。二人組じゃなくてシングルが見たいんじゃーというなら、プロのアイスショーを見ればいいんです。
ロシアの選手に幸あれ
私が本当に思ったのは、ロシアの選手は素晴らしいということです。
シェルバコワは美。美の化身。美しすぎる。祖父が物理学者、父親が地質学者で母親が結晶学者というインテリの家系に生まれた彼女。気品を結晶化させてみたらシェルバコワが生まれた可能性も否定できない。
トゥルソワは誰よりもフィギュアスケートの地平を切り開いている。4回転を5個も跳んだのに金メダルが取れなくて泣き喚いたみたいだけど、その気の強さこそ何より素晴らしい。
ワリエワの圧倒的幸薄感。世界中の大人に「俺が守護らねばならぬ」と思わせる儚さがある。誰かに似てると思ったら、日向坂46の上村ひなのだ。輪郭と表情(ハの字眉毛)が似ている気がする。ワリエワにも大喜利に挑戦して欲しい。
要するに、彼女たちは人類の宝です。彼女たちには笑っていて欲しい。彼女たちの涙は幸せのために流されるものであって欲しい。決して十字架を背負わされて流れるものであってはならないのです。
彼女たちにとって何が幸せなのか。これは簡単に結論を出していい問題ではないと思います。私たちの理想や妄想を押し付けてはならない。かといって、見守るだけでもいけない。非常に難しい問題です。
オリンピックは人間の業を顕在化させる催しです。
ロシアの選手に幸あれ。とりあえず私は彼女たちの声に耳を傾けていきたいと思います。