たぬきのためふんば

ここにはめたたぬきが糞をしにきます。

『世界に一つだけの花』が普遍的な真理を説いていると言える理由

No.1にならなくてもいい

もともと特別なオンリーワン

 槇原敬之作詞作曲『世界に一つだけの花』の有名すぎる歌詞です。

 一定以上の年齢層であれば、日本国民誰でも知っていると言っても過言ではないでしょう。

 CDシングル歴代売上第三位の大ヒットを記録していますから、当時その歌詞が日本中の共感を生んだことは想像に難くありません。

 一方で、「な~にを甘っちょろいこと言ってるんだね、ちみは~!」みたいな揶揄をされている場面も多々見かけます。

diamond.jp

しかし、この歌詞の中にある「ナンバーワンにならなくてもいい、もともと特別なオンリーワン」という考えをビジネスの現場に持ち込まれたら、ビジネスリーダーはたまったものではありません。

 この記事のライターだけでなく、きっとみんな心のどこかで思っている。

「そんなの綺麗事だよ」と。

 しかし、本当にそうなのでしょうか?

 世界有数の企業はオンリーワンを目指していないのでしょうか?

 世界有数の企業はナンバーワンを目指しているのでしょうか?

 経営学の世界的権威であるマイケル・ポーターは言います。

あらゆる間違いのうちの最たるものは、最高を目指して競争することです。*1

 そう、『世界に一つだけの花』は綺麗事なんかじゃない。

 

 というわけで、今日はこちらの本の要約をしてみたいと思います。

 上にも書いたとおり、マイケル・ポーター経営学の世界的権威です。マーケティングの勉強をしていれば必ず何度か(いや何度も)お目にかかる名前です。

 それで興味を持って、↑の本を読んでみたのですが、これが凄い。

「ここに永遠普遍の真理が書いてある」

 そう思いました。これを読んだら『Zero to One』は読まなくてもいいかもしれません。

競争とは何か

 そもそも、ナンバーワンになるならないという話は我々が競争をしていることを前提にしています。

 では、競争とは何かを我々は理解しているでしょうか?

 競争とは何かを知らないのに、競争で勝つための戦略を立てられるでしょうか?

 ポーターは以下のように競争を定義しているようです。

競争とは競合企業間のみならず、企業と顧客、サプライヤー、代替品の生産者、潜在的な新規参入者との間に生じる、利益配分をめぐる綱引きである。

 要するに、競争とは「利益をいかに確保するか?」だということです。

 安定的に十分な利益を確保できていれば、それはもう勝者なのです。

独自性を目指す競争 VS 最高を目指す競争 

 非常に分かりやすい例がAppleです。

 iPhoneでおなじみのAppleは、世界一の時価総額を誇る企業で(2021/11/27現在)、純利益の額でもサウジアラムコに次ぐ二位に位置づけています*2

 では、Appleはナンバーワンを目指して競争しているでしょうか?

 シェアを見れば、そんなことはないということがわかります。

 2021/10現在でiPhoneの世界シェアはメーカー別で言えばトップですが、28.2%程度しかありません*3。OS別に言えば、Android(=Google)に完敗という見方もできます。Macに至っては、わずか8.5%です*4

 この程度のシェアでAppleがほぼ世界一の利益を達成できるのは、Appleが圧倒的にオンリーワンだからです。自社製のOSをハードに組み込み、PCやスマホやその他各種製品がシームレスに繋がる、といったような他社にはない価値を提供できるから、Appleは強気な価格設定を維持できるし、それにより低いシェアで高い利益を叩き出せるわけです。これが独自性を目指す競争です。

 もしAppleがナンバーワンを目指すとしたら、おそらく値下げがマストになってきます。そうなればGoogleも中華勢も、Appleに負けまいと値下げを敢行するに違いありませんし、もし価格を据え置くならAppleを上回るサービスを提供する必要があります。こうして業界全体の収益性が悪化していきます。これは一見すると消費者にとっては良いことのように見えます。が、サービスの画一化も進行するので、選択肢の減少というお金では計れない打撃を消費者に与えることになります。これを最高を目指す競争といい、絶対に避けるべきものになります。

 そもそもAppleが最高を目指す競争をしていたなら、iPodはせいぜい高性能のウォークマンにしかならず、iPhoneも生まれていなかったかもしれません。最高を目指す企業は模倣をし、独自性を目指す企業はイノベーションを起こすというわけです。

競争の形を決める5つの要因

 では、どのようにして独自性を目指せばいいのでしょうか? しかも、その独自性とは利益を高めるものでなければなりません。

 スタートラインは業界の標準を知ることです。

利益=価格-コスト

ですから、業界の標準価格と標準コストを知る必要があります。これを決定する要因はたった5つに絞られます。

  • 競合企業同士の競争
  • 買い手の交渉力
  • サプライヤーの交渉力
  • 代替品の脅威
  • 新規参入者の脅威

 詳しい説明は省きますが、競争が激しければ価格は下げたくなるし、あるいはコストをかけて品質を高めたくなります。買い手が少数しかいなければ、その買い手に見放されたらやばいので言われるがままに値下げせざるをえないかもしれません。とかそんな感じです。

 業界によって、どれが最も影響の大きい要因かは異なります。影響の大きい要因からなるべく逃れられるポジションを選ぶことが戦略なのです。

 ちなみに、コンテナリゼーションによって古い港が新しい港に駆逐された理由もこれですっきり説明できます。古い港は沖仲仕の組合が強力でした。つまり、サプライヤーの交渉力が極めて強かったのです(そう、従業員もサプライヤーなのです)。それゆえ、コストを下げることが困難でした。そこで、たまたまサプライヤーの交渉力が弱いポジションにいた比較的小さな港、あるいは新しい港がコンテナ港として選ばれた……と考えることができそうです。

競争優位

 こうして見定めた戦略によって、標準よりも高い利益を獲得することを競争優位を得ると言います

 ここで大きなポイントになるのが、競争優位は必ず活動から生じるということです。活動とは、様々な経済的機能やプロセスのことです。意味わかりませんね。要するに、他社と違うことをしない限り競争優位は得られないということです。

 なぜこれがポイントなのか? それは我々は他者よりも上手くやろうと考えがちだからです。活動をどれだけ上手にやるかを業務効果と言いますが、業務効果を戦略と混同することは大きな誤りです。業務効果は競争優位を生みません。生んだとしても、それは持続しません。必ず模倣されるからです。(とはいえ、それなりに上手くやることは前提条件ではあるので、業務効果を完全にないがしろにしていいわけでもない。)

 他社と違うことをする、ということを考える時に参考になるのがバリューチェーンという概念です。企業が行う様々な活動の連なりをバリューチェーンといいます。このバリューチェーンはより大きなバリューシステムの中の一部で、企業はバリューシステムの中のどの部分を担うかを選択してバリューチェーンを構築します。

 たとえば、アパレルにはざっくりと以下のようなバリューシステムがあるとします。

糸の仕入れ→服の製造→服の販売→コーディネートの提案→……

 しまむらは基本的にこのうちの「服の販売」のみを担っていて、これが標準的なアパレル小売だと思われます。対して、ユニクロは「服の販売」のみならず、「服の製造」まで行っています。ユニクロは標準とは異なるバリューチェーンを構築し、そのことにより競争優位を得ているから高い利益を出しているというわけです。服の販売をどこよりも上手にやっているから高い利益を出せるわけではないのです。

優れた戦略が満たす5つの条件

 競争優位を得る、しかもそれを安定的なものにするには5つの条件を満たす必要があります。

  1. 特徴ある価値提案
  2. 特別に調整されたバリューチェーン
  3. ライバル企業とは異なるトレードオフ
  4. バリューチェーン全体の適合性
  5. 長期にわたる継続性

 この全てを満たすものが優れた戦略、長期的に安定して他の企業よりも卓越した業績を生み出す源泉となります。

特徴ある価値提案

 企業は顧客のために価値を生み出し、それによって利益を得ます。独自性を目指す企業は当然、独自性のある価値を顧客に対し提案することになります。

 以下の三つの質問に答えることが必要です。

  • どの顧客を対象とするのか?
  • どのニーズを満たすのか?
  • 相対的価格をどのように設定すれば、顧客に然るべき価値を提供しつつ、然るべき収益性を実現できるだろうか?

 上2つはなんとなくわかるとして、一番下がよく分かりませんね。もう少し具体的に言うと、

  • ニーズが過剰に満たされている顧客がいる場合、不必要なサービスを落として価格を落とせないだろうか?
  • ニーズが十分に満たされていない場合、満たされていないニーズを満たすことでプレミアム価格を要求できないだろうか?

ということです。LCC(格安航空会社)が上の分かりやすい例です。

 特徴ある価値提案は戦略が戦略であるための大前提です。

特別に調整されたバリューチェーン

 どんな価値を提供するかを決めたら、その価値を提供するための特別なバリューチェーンを作らなければなりません。

 他者と同じバリューチェーンではいけないのです。簡単に真似されますから。

「我が社は貧しい人のために安い服を提供します!」

「どうやって?」

「我が社は黒字を放棄します!」

 これはクソだということです。

「みんなでバリバリ働きます!」

 これもクソです。

 安い服を作るなら安い服を作るための仕組みを作らねばならないのです。

 ちなみに、必ずしも価値提案を先にする必要はなく、バリューチェーンから価値提案を考えてもいいようです。

トレードオフ

 優れた戦略にはトレードオフがあります。ごく簡単に言えば、「誰かが自分の真似をしようとすると、その誰かが少なからぬ犠牲を払わなければならない」という状況が発生する戦略はマーベラスだということです。

 特徴ある価値提案を行い、特別に調整されたバリューチェーンを備えていれば、トレードオフは発生するものです。なぜなら、特徴ある価値提案において限られた顧客にターゲットを絞り、特別に調整されたバリューチェーンで他社とは違うことをやっているからです。そんな企業の真似をするということは、大事にしてきた顧客層を失うリスクを背負うことになるし、真似をするために大きなコストをかけなければなりません。

 たとえば、女性タレントの中の女性声優に着目してみます。女性声優は主にアニメオタクをターゲットに「アニメオタクの眼鏡にかなう演技ができるうえに可愛い」という特徴ある価値提案を行っています。女性声優は、多数の映画に出演することよりも、多数のアニメに出演することを選びます。もし仮に、広瀬すずが女性声優から顧客を奪おうとし、女性声優の模倣をしたらどうなるでしょうか? これまで彼女が出演してきた映画やCMなどといった場への露出を下げる必要が出てきます。これは彼女が獲得してきたファン層が離れていくリスクになりますし、声優としてのスキルを磨かねばならず大きな負担になります。よって、広瀬すずは声優にはならない! このような仕組みで声優業界は広瀬すずの侵略から守られているのです。

 そういうわけで、トレードオフは競合他社に対する強力なバリアになります。言い換えると、何をするか以上に、何をしないかが極めて重要だということです。

適合性

 適合性とは、ある活動の価値やコストが、他の活動がどのように行われるかによって影響を受けることを言います。

 一言でいうと

「オレたちは1+1で200だ。10倍だぞ10倍」

ってことです。今どきの言葉でいうとシナジーってやつでしょうか。

 これがなぜ重要なのか? やはりバリアになるからです。

 テンコジの模倣をしようとしたプロレスラーのタッグがいるとします。なんとか天山広吉の完全なるコピー選手になることには成功しましたが、小島聡については半分しかコピーできませんでした。それでも適合性がなければ、(1+1)VS(1+0.5)とかの戦いになるので、善戦はできそうです。ところが、テンコジには適合性があるため、200VS1.5のバトルになります。中途半端な模倣では手も足も出ないんですね。

 このプロレスラーを活動(バリューチェーンの構成要素)に置き換えれば、そのまま企業の話になります。適合性はライバルに完璧な模倣を強いることによって、模倣で成功することを難しくさせるのです。

 ある企業の成功の秘訣は、一つのコアコンピタンス(強み)では説明できないということでもあります。

継続性

 戦略を実現させるには時間がかかります。長い期間をかけて業務を改善していくうちに得られるものがあるし、信頼を得るのにもブランド価値を確立させるのにも時間がかかります。

 ということは、戦略をコロコロ変更することには大きなリスクがあるということです。戦略を変更すれば、バリューチェーンも変更しなければなりません。そうなればまた一からの出直しです。これを短期間のうちに繰り返せば永遠の半人前にならざるを得ません。

 というと、「あのねえ、時代に合わせて変化していかなきゃ置いていかれますよ!」とキレる人が出てくるかもしれませんが、これは企業に変化するなと言っているわけではありません。核となる価値提案をコロコロ変えるなという話です。それ以外の部分については変化していいし、すべきなのです。

 時代の変化によってバリューチェーンに改善の余地を見つけたのなら改善すべきだし、時代の変化が核となる価値提案にそぐわないものであるならば無視すべきです。核となる価値提案のない企業は、様々な変化の全てが大事に見えてしまいます。だから、継続性を大事にする企業の方が、時代の流れに適応しやすいのです。

 そして、起業をする時には、将来の予測など必要ないということもここから言えます。必要なのは、今後10年くらいではそんなに変わらないだろうなあというニーズ(=核となる価値)さえ掴んでおけばよいのです。ジェフ・ベゾスも「何が変わらないかを考える方が大事」と言っています。

まとめ

 というわけで、長々と書いてきましたが、超重要ポイントをまとめると以下の三点になるでしょうか。

  • ナンバーワンを目指すな! オンリーワンを目指せ!
  • オンリーワンになるにはオンリーワンな行動をしろ!
  • オンリーワンになるということは何かを捨てるということだ!

 はい。反論の余地なしです。少なくとも私には論破できません。

 欠点があるとしたらせいぜい「こんなん実践できないっすよ!」ということくらいでしょう。しかし、どんなに偉大な企業も最初から全てが見えていたわけではないのです。一つの希望を胸に抱いて航海をしているうちに海賊王になっていた。まずは海に出ることです。その時にマイケル・ポーター羅針盤になるに違いありません。「羅針盤なんて渋滞のもと」と昔の偉い人は言いました。しかし、この羅針盤は渋滞を産まない魔法の羅針盤なのです。

 

 さて、『世界に一つだけの花』が綺麗事ではないということが分かっていただけたでしょうか?

 「ナンバーワンにならなくてもいいなんて甘えじゃ―!」とか言っている奴に言いたい。「甘えてるのはオンリーワンになることから逃げてるお前じゃ―!」と。

 『世界に一つだけの花』でも言っています。

世界に一つだけの花

一人ひとり違う種を持つ

その花を咲かせることだけに

一生懸命になればいい

 花を咲かせるためには一生懸命にならなくてはいけないのです。

 

 言うまでもありませんが、以上の要約はかなり説明を省いているので詳細はぜひ原書を読んでください。

 

 ちなみに、途中で出てきたコンテナについては

weatheredwithyou.hatenablog.com

ユニクロについては

weatheredwithyou.hatenablog.com

『Zero to One』については

weatheredwithyou.hatenablog.com

で書いています。