『コンテナ物語』を読みました。
ビル・ゲイツが紹介したことで有名になった本ですが、読んでいない方も多いかもしれません。
なんせ「コンテナ」というワードに惹かれない。そのうえ、紙だと450Pもある大作のようです(ページ数を意識せずに済むのが電子の良いところです)。
しかし、この本を読むと、以下の2つに関してヒントを得ることができます。
- 現代のグローバル社会はどのようにして生まれたのか?
- イノベーションはどのような形で生まれ、浸透していくのか?
この点を明らかにするために、以下のような構成でまとめていきたいと思います。
コンテナの何がそんなに凄いの?
まず、コンテナに興味が湧かないのはなぜでしょうか。おそらく、それがただの箱だからです。ひと目見れば誰でも箱だと分かるそれ。デザイン性に乏しく、びっくりするような仕掛けがあるわけでもない。興味を惹かれるものが、コンテナそれ自体にはありません。
それが世界を変えたなんて言われると、えぇ?って思いますよね。これで興味を持てばよいですが、あまりにもイメージができなくて本を買うまでには至らないという方もいるでしょう。
そこで、まずはコンテナがなかったら世界はどうなっていたのか? つまり、コンテナがなかった頃の世界について、想像を巡らせてみたいと思います。
コンテナ以前の世界
コンテナ船が初めて就航したのは1956年。場所はニューヨークのあたりです。ということは、それ以前はコンテナのない世界だった、ということです。
この頃、船に載せる荷物は、埠頭近くの倉庫に保管されていました。そこから、沖仲仕(おきなかし)という人々が荷物を船に載せ、あるいは船から降ろしていたようです。重い荷物を人力に頼りつつ運び、船のどこにどうやって積むのかは経験則がものをいう職人の世界。そして、倉庫に運ばれた荷物はトラックに積み直し、再び運ばれていく。
当然、たくさんの人手がかかりますし、その分だけ人件費がかかっていました。時間もかかります。もっといえば、沖仲仕による盗みが横行していたようです。
そんなんなので、輸送費をケチるために、工場は港の近くに立てられました。また、どこの港が栄えるかにおいては立地が重要な要素でした。
コンテナ以後の世界
ところが、荷物がコンテナに入れられるようになるとどうでしょうか? 荷役(にやく。荷揚げ、荷降ろしのこと)の機械化が可能になります。人が荷物の中身に触れることがないので、盗難の危険もなくなります。これにより保険料も下がります。
それだけではありません。船から降ろした荷物は直接トラックに載せることが可能だし、トラックから鉄道に積み替えるのも容易です。
イメージを掴むために、実際の様子を見てみましょう。
ほとんど人が関与していませんし、船→トラックの接続もスムーズの極みであることが見て取れます。
こうして人件費は下がり、輸送のスピードも格段に上昇し予測が立てやすくなります。これにより、輸送にかかるコストが大きく下がります。
そうすると、何が起こるのか?
第一に、国際貿易が盛んになります。コンテナが導入されて以後は国際貨物の量が倍増どころではないレベルで増加しているようです。我々がスーパーで当たり前のようにバナナを激安で買えるのは、コンテナのおかげなのかもしれません。
第二に、工場が港から離れられるようになります。それまで輸送費を抑えるために港の近くに工場を立てていたわけですが、輸送費が安くなれば高い地代を払って港近くに立地しなくてよくなります。縛りがなくなり「どこに工場を立てようかな~♪」とワクワクしながら考えていくと、候補に外国が浮上してきます。こうして、ユニクロの服が中国やバングラデシュやベトナムで作られていたり、アップル製品が中国や台湾で組み立てられたり、でもディスプレイは日本製だったり……なんてことが起こるようになります。つまり、サプライチェーンが長大になっていきます。
一方で、上の動画を見ても分かるように、コンテナ港にはかなり大掛かりな機械が必要です。コンテナ船は大きい方が経済的なのでどんどん大きくなっているのですが、巨大コンテナ船を受け入れるには規模が必要になります。したがって、港に求められる条件は立地ではなく、巨大さになります。こうして、ニューヨーク、ロンドン、リバプールといった古くからの港(変わることのできなかった港)の多くはお役御免となり、代わりに新しい港に投資したシンガポールやドバイが繁栄の時代を迎えることとなるのでした。
イノベーションについて
では、そんなすごいコンテナ(を中心にした輸送システム)はどのようにして生まれ、どのようにして受け入れられていったのでしょうか? そこから私達は何を学ぶことができるのでしょうか?
イノベーションはどのようにして生まれるのか?
コンテナを実用化させたのは、とあるベンチャー企業の社長でした。その名もマルコム・マクリーン。ベンチャー企業といっても、今のようにインターネット業界の会社ではありません。彼が経営していたのはトラック運送会社。当時は、トラックが成長中の時代だったのです。
しかし、トラックが増えても道はそう簡単には増えません。だんだんと、道が混雑して輸送が滞るようになります。そんな時、道路の横に広がる海を見てマクリーンは気付きます。
「船で運べばええやん!」
これを出発点に、彼はどんどんアイディアを生み出していきます。
「積み替えは効率が悪いからトラックごと船に載せてまえ!」
「車輪が邪魔やな……。船に載せるのは箱だけにしまひょか!」
「固定に人手がかからんようにしてえな!」
こうしてコンテナが生まれました。なお、それまでコンテナという概念がなかったわけでも、コンテナを船に載せるというアイディアがなかったわけでもありません。実用化までこぎつけることに初めて成功したのがマルコム・マクリーンだったという話です。
この場合、アイディアは必要から生まれました。つまり、陸路が混雑しているから海路を使えばよいというのが起点です。しかし、このアイディアにはより大きな価値がありました。それに気付いていたマクリーンは、トラック野郎からコンテナ野郎に転身するのでした。一個の小さなイノベーションがより大きなイノベーションを自己増殖的に誘発し、それらのイノベーションの総体がコンテナリゼーション革命なのかもしれません。
また、マクリーンがその価値に気づけたのは、彼がトラックや船を運用していたからではなく、荷物を運ぶことを軸に物事を考えていたからかもしれません。ジェフ・ベゾス曰く何が変わるかよりも何が変わらないかに着目することが大事とのことです。マクリーンもまた、「効率的な輸送」という変わらないものを見ていたはずです。
ついでにいうと、初期に、コンテナが最も威力を発揮したのがベトナム戦争でした。アメリカから大量に、秩序を保って、ベトナムまで物資を運ぶ必要があり、それを可能にできたのはコンテナを置いて他にありませんでした。このような時代の流れもまたイノベーションの進展には重要な要素かもしれません。
イノベーションに抗うとどうなるのか?
上に書いたように、世界を大きく変えたコンテナリゼーションですが、それの価値を最初から誰もが認めていたわけでも、誰の反対を受けなかったわけでもありません。
ニューヨーク港は、コンテナの可能性を見誤り、コンテナが普及し始める時代に混載船用の港に大きな投資をします。これは大失敗に終わり、コンテナ化に投資をしたニュージャージーがニューヨークを追い抜いていきます。
荷役の機械化はその恩恵を受ける人々からすれば当然に良いことですが、現場で働く人々にとっては災厄にほかなりません。というわけで、労働組合が強烈に反対します。その結末は、いずれどこかで妥協するか、組合の存在しない港の台頭を許すか、だったようです。ちなみに、アメリカでは、機械化が貨物量の増加を呼び、結果的に人員削減どころか人手不足が発生したようです。
というわけで、イノベーションを進めたければ、必ず既得権益層から反発を受けると覚悟しておいたほうがよさそうです。最近ではフェイスブック社も数年前からディエム(旧称リブラ)という仮想通貨を運用しようと頑張っているところですが、国からの抵抗にあっていまだに始動できていません。かと思えば、ビットコインを法定通貨にしてしまったエルサルバドルや、国が仮想通貨の発行を目指している中国のような国もあります。
逆に、イノベーションにより危機に晒された場合、頑強に抵抗することには慎重になった方がいいかもしれません。
イノベーションの波に早く乗ることが勝利の秘訣なのか?
とはいえ、じゃあ急いでコンテナリゼーションの波に乗らなければならなかったのか?というと答えはNOのようです。
海運会社にしても、価格競争と石油危機の果てに多くの企業(マクリーンの会社を含む)が統合されたり倒産したりし、今の大手であるマースクやエバーグリーンはコンテナに関しては後発です。
港にしても、最も早くコンテナ対応をしたニュージャージー港は今や世界ランキングでは大きく順位を落とし、対してニュージャージーより10年以上も遅れて参入したドバイが今ではニューヨークとニュージャージーの合計の二倍近いコンテナを取り扱っているようです。もちろん、ニュージャージーとドバイでは航路上で果たす役割が全く違うので比較にはなりませんが、逆に言えばトータルで考えないといけないということです。早さだけが評価軸ではないのです。
ウォーレン・バフェットが技術革新に飛びつく必要はないといったようなことを言っていたように記憶していますが、やはりそれは正しいのかもしれません。
「いやいやインターネットの時代は違うよ」という方もいるかもしれませんが、インターネットエクスプローラーもクロームもグーグル検索もフェイスブックもインスタグラムも後発組であることを考えると、やはり今でも先行すればいいというわけではなさそうです。
まとめ
いかがでしょうか。
コンテナという一見、無味乾燥に見える題材にどれだけ豊かな物語が隠されているか、その一端を感じ取っていただくことはできたでしょうか?
ちなみに、紙にして450Pと上で書きましたが、四分の一は脚注でした。見かけよりは早く読めるかもしれません!